ミラノはJALの直行便があり,スイス,フランス国境に比較的近いようだ.高度な工業技術はこの辺りが中心なのではなかろうか.後日アリタリア航空でチュニジアを訪れる際にここミラノを経由したことがあった.
ミラノに到着し,先ずは雨のスフォルツァ城見物からスタートすることになった.ミラノに残る中世最大の城だそうで,かつての領主ヴィスコンティ家の城跡に,フランチェスコスフォルツァ公爵の命により築城されたそうだ. 城の四隅には円形もしくは方形櫓が設けられていた.
外壁に緻密な彫刻を数多く備えている.ミラノのシンボル,大聖堂.1386年ヴィスコンティ家の命により建設が始まり,500年以上の大工事の末に完成したイタリアゴシック様式の代表的建造物であるそうだ.迫力がある.それもその筈,聖堂は奥行き148m,幅91m,高さ109mもあって,ゴシック建築としては世界最大クラスだそうだ.あいにくの雨でよく判らなかったが建材のカンドリア産の大理石はバラ色や紫色に変化するそうである.そびえ立つ尖塔は135,あちこちに3400もの彫像が装飾されているそうだ.完成までいろいろな構想があったファサード(正面)は,ナポレオンの命令によって19世紀初頭に完成したそうだ.
さすが大理石の本場,巨大な柱,美しい床に圧倒される.床は色々な色の石が象嵌されているが,ものすごく精密に嵌め込まれ,表面の平面度も極めて高く見える.インドの象嵌技術もすごいと思ったがさらに精度が高いように見えた.中央祭壇の下には16世紀の大司教カルロボッロメオの遺骨を祀った礼拝堂と,それに隣接して宝物庫がある.窓には15~6世紀の大きなステンドグラスがはめ込まれている.
下は,ミラノのドゥオモの写真.
ドゥオーモ広場とスカラ座広場を結ぶガラスの屋根で覆われたアーケード.高級ブティック,カフェ,レストランが立ち並ぶ.1865年~1877年にかけて造られたが第二次世界大戦で破壊され,1946年,ということは大戦の翌年,に再建されたそうだ.
下は,ヴィットリオエマヌエーレ2世のガッレリアの写真.アーケードを抜けたところに,スフォルツァ公のもとで活躍したレオナルドダヴィンチ像(上段2枚目),その先にスカラ座(3枚目)が見える.