ソウル  Seoul

このソウル編ではロッテ免税店とカジノ辺り,青瓦台辺り,宗廟,明洞辺り,南大門市場辺り,ソウル他の場所のスナップ写真を載せました.

ロッテとカジノ  Lotte store and a Casino

ソウルの街に戻る

ソウルの街に戻る

水原(スウォン) で華城を見た後ソウルに戻った.ソウルオリンピック関連施設が多くあったエリアだそうで,今も当時のモニュメント,例えば写真のテコンドーのオブジェなどを残してある.ソウルは高層ビルが多い.地震は震度1程度までだそうで,高い建物は建て易いということだ.道路も4,5レーンあるところもあって立派だが,何しろ車が多いので,片側通行の場所が多いそうである.


ロッテのお店のルイヴィトン

ロッテのお店

やがてロッテのお店に案内された.ロッテは韓国で5番目に大きい財閥だそうだ.サムスンとかヒュンダイと違って,ハイテク分野や重工業などは手がけず,日本でもチュインガムなどでよく知られるように食品や小売,不動産などがメインであるようだ.

ロッテの大きなお店の前には中国からの上得意様歓迎のためとマネジャー氏など並んで待っていた.いや~やはり中国の人たちは凄いですね~

殆どお店には貢献できないが私も一応入ってみる.写真のルイヴィトンの大きなポスターが興味を引いた.ヴィトンのバッグをバイクに載せてやって来たカメラマンが,大型カメラを岩の上で三脚に載せて風景を撮影しているのだ.大型カメラにもヴィトンのバッグはふさわしい,と云うことか...?まあ,ファッションであろうが.


ロッテのお店の伝統織物

ロッテのお店の伝統織物

家具や寝具売り場のフロアでは,傍らのハングル説明書きが読めないので想像だが,多分一地方に伝わる伝統織物と思しき実演が行われていた.編んでいる実直そうなオバさんは熱心に機織りに励んでいるのだが,お客様はさしたる関心を寄せてくれずちょっと気の毒なような気がした.

背にしたポスターを見るとSALEの看板に,地元での繊維天日干しの写真など見える.日本で言えば例えば小千谷ちぢみのように魅力的であっても,ちょっと手の出ない高級品なのであろうか.


カジノを見物

カジノを見物

ロッテの後,カジノを見物した.賭場に入ると先ずルーレットのルールを説明してくれた.ルールは極めて簡単でコマがどの番号に入って止まるか予想した位置にチップを置けばいい.複数チップを置いてもいいし,置く場所は最大リーターン32倍から,出る確率が上がるほど倍率が1/2づつ低下する.

私は単に傍観していただけだが,掛けて若干儲かった人もいた.場内では中国人と思われる人たちが,一回の勝負でものすごい額のチップを載せていたりして結構迫力がある.他にもバカラなど日本の大きな製紙会社の会長(社長だったか?)がハマったようなのもあった.

面白いことに自国の人たちは出入り禁止で,専ら外国人から巻き上げるように法律が作られているそうだ.これはネパール辺りでも当てはまることだし,逆に日本でも始めたらいいのではないかと思う.なお韓国ではパチンコも禁止されているそうである.


下は,ロッテとカジノ辺りの写真

ロッテとカジノでの眺め
ロッテとカジノでの眺め ロッテとカジノでの眺め ロッテとカジノでの眺め ロッテとカジノでの眺め ロッテとカジノでの眺め ロッテとカジノでの眺め

レキシントンホテルに到着

レキシントンホテルに到着

海鮮鍋の夕食後,バスで宿泊のレキシントンホテルに着いた.正面がギリシャ建築風ファサードと云うかデザインというか....ある意味ディズニーランド的ノリが特徴だ.

部屋にはLAN端子があった.iPodとWifiアダプタとそのDC電源アダプターを持っていたのでつなげようとしたら,差込口がC型だけで入らない.困ってロビーに下り,電源アダプターがないか訊ねたら保証金10,000ウオン(100円くらい)で貸してくれた.親切だ.ちゃんとその場で幾つもの変換アダプタを用意してあったから,多分私のような客はしばしばあるのであろう.尤もそれまでのホテルは日本のAタイプ差込口も備えていたのでもっと良いが.で,無事eメールはアクセスすることができたのだった.


ホテル前のソウル一大きいプロテスタント教会

ホテル前のソウル一大きいプロテスタント教会

ホテルの窓から眺めると十字架のネオンサインを掲げた大きな教会が見えた.プロテスタント系教会だそうで,かなり大きい.いやそれどころか,これに隣接する幾つもの建物は全てこの教会の関連施設であるそうだ.韓国では人口の1/3くらいはプロテスタント教徒だそうで,収入の一定割合のお金が教会に寄付されるそうだ.なので教会は非常にお金持ちだそうである.

また当然政治的影響力も大きく,例えば選挙では教会指導層が直接『XXに投票を』ということはないが,『XXさんのこの考えは良さそうですね~』と間接的に示唆するのは普通で,信徒はそれに従い投票するそうである.まあ,これはクリスチャンのみならず仏教徒の場合も当てはまるということだが.なお韓国では不在者投票は3ヶ月前に届け出る必要があるそうで,甚だ不便だとこぼしていた.確かにそんなでは間に合わないことが多そうだ.

青瓦台  the Blue House

ソウルの旧市街

ソウルの旧市街

レキシントンホテルで一夜を明かし,朝食のためソウルでは旧市街になるという一画にやって来た.最近他に移転したが米軍キャンプやそれに伴うショップやバー街,ついでに日本人など外国人向けお店の多い所だそうだ.確かに見渡すと日本語の看板も目立つようだ.なお,米軍移転費用は韓60%,米40%の負担だったそうだ.

街の落書きはヨーロッパなどと比べれば圧倒的に少ないが,たまにこの写真のようにスプレーされているのが見える.


青瓦台前の広場より望む

青瓦台前の広場より望む

わざわざ青瓦台見物にやって来たのだが,ちゃんと写った写真がなかったのは情けない.仕方なくこの一枚,中央,白い縁取りのある瓦屋根が青瓦台,つまり韓国大統領官邸だ.青瓦というより濃いグリーンに見えるのはカメラのせい?腕のせい?緑豊かな敷地に背後には山もあって,いいロケーションだ.

左側に大きく写っているのは迎賓施設だそうである.この辺一体は重要な政府機関が集まっており,元々は李氏朝鮮王朝の太祖李成桂により築かれた景福宮があったところだそうである.

中央ボックスのお巡りさんは軍人だそうだ.徴兵制の兵役が敷かれているが,陸海空の他にこうしたソウル市内の警備も担当するそうだ.なお兵役期間は陸海空の順で2年~2.5程度と長くなるそうだ.徴兵検査の中に身体検査もある訳だが,軽すぎても重すぎてもダメで,100kg超では不可のため,97kgくらいだと頑張って(?)100kgを目指す人も居るそうだ.


青瓦台には各国の観光客

各国の観光客

青瓦台前の広場には私達もそうだが各国からのお上りさんが集まってくる.写真の一段は顔立ちとスカーフからマレーシア若しくはインドネシアからの観光客であろう.


青瓦台前広場でサイクリング

青瓦台前広場でサイクリング

シャツの腕部分と背中に『POLICE』と記されている.遊びではなくトレーニングかパトロール勤務か?

実はキムさんの観察で自転車は日韓で大きな差があるものの一つだそうだ.その3つとは

確かに自転車はお巡りさんとかサイクリング愛好者とか,特別な人達だけのもののようだ.寒い国と言っても,それほどでもないし,もっと寒い北欧などでは自転車は多いし.まあ,あまり性に合わないのでしょう.


下は,旧市街と青瓦台周辺の写真

旧市街と青瓦台周辺での眺め
旧市街と青瓦台周辺での眺め 旧市街と青瓦台周辺での眺め 旧市街と青瓦台周辺での眺め 旧市街と青瓦台周辺での眺め 旧市街と青瓦台周辺での眺め 旧市街と青瓦台周辺での眺め 旧市街と青瓦台周辺での眺め

宗廟  Jongmyo Shrine

宗廟入り口

宗廟入り口

昼食後宗廟にやって来た.日本語のガイディングツアーが所定時間毎にあるそうで,それに合わせて来たのだった.この宗廟内部は広く,木立も豊かで散歩に好適,65歳以上の市民は無料とかで地元の年配者にも人気があるという.

『宗廟』そのものは一般名詞だそうで,広辞苑第四版で見たところ以下のように述べられている.


そう‐びょう【宗廟】‥ベウ
(1)祖先のみたまや
(2)天子の祖先をまつるところ

ただここソウルの場合特別で,英語では定冠詞Theを冠した宗廟的存在のようだ.つまりここでは李氏朝鮮王朝(1932~1910年)の祖先祭祀場であって,李朝歴代27代の王と王妃の位牌が祀られているそうだ.なお墓地は他にちゃんと存在するそうで,人が亡くなると魂は天に(→宗廟),肉体は地に(→墓地)帰るという儒教の教えに基づくそうである.なおここは1995年にユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されたそうだ.


宗廟内の石垣や建物

宗廟内の石垣や建物

広い宗廟敷地内には石垣や建物の数多くが配されていた.建物は木造瓦屋根構造で,大まかには中国風寺社建築に見える.石垣は自然石やレンガを白い漆喰(セメント)で固め,瓦屋根を載せた堅固な造りでかなりユニークなデザインに見える.

宗廟は1395年9月に完成したが,1592年豊臣秀吉軍のソウル占領(文禄の役)によって破壊され,1608年に再建された経緯があるそうだ.何れにしても秀吉(とそれ以来の日本人)は侵略者として恨まれている.また正殿や永寧殿など位牌を祀る建物は時代が下るに連れ,安置する位牌の数が多くなり,スペース確保のため順次増築されていったそうだ.


宗廟祭礼の王の装束

宗廟祭礼の王の装束

宗廟では春夏秋冬各季節の初めの月,及び12月に最も大事な正殿の宗廟祭礼(または宗廟大祭)が行われ,さらに永寧殿の祭礼も別途とり行われたそうである.写真はそのときの王の衣装のようである.デザインそのものは諸に中華風である.祭礼には王のみならず王族末裔に家臣や楽隊など参列し,大掛かりなものであったようだ.


宗廟には随分いろいろな建物がある

随分いろいろな建物がある

ガイドの説明を聞くと祭礼の段取りは実に込み入っている.沐浴で身体を清めたり,生贄を含む供物を用意したり....といろいろだ.なのでキッチンに相当する建物で供物を準備する人,清めの部屋の担当者,王の籠を担ぐ人....といった人たちも大勢繰り出されたようである.まあ,国家レベルの儀式なので大規模なのは当然かも知れない.なお魂や,生身の人も身分に応じて出入りする門が別々に設けられているあたりも儒教的なようでもあるし,また同時に重視されたという風水によるのかも知れない.


宗廟正殿

ここが正殿

左から古い王の順に位牌が並んでいるという.位牌が増えるに従って右側に,確か二度に渡って増築されたそうだ.ちょっと見では繋がったようには見えない.普通の建物ではないので前面の木の扉に開口部はないが,換気のため羽目板を少しずらして空気が通るようにしてあるようだ.位牌の配置は柱と柱の間に1人の王と王妃の一組であるそうだ.

なおどの王の位牌も正殿に祀られるという訳ではなく,一部は別棟の永寧殿に祀られている.後の評価であまり芳しくなかった王の位牌だったかな~...?

なお李朝最後の王,第27代純宗皇帝(いや一代前の第26代皇帝だったか?)のお妃は,日本から政略結婚で嫁いた方だそうで,王と一緒にこの宗廟に位牌が祀られているそうだ.


宗廟屋根の魔除け

宗廟屋根の魔除け

正殿を含めて宗廟の建物の屋根にはこのような動物のオブジェが載っている.沖縄のシーサーとかと同じような魔除けであろうか.

瓦の端面も面白い.日本の瓦の端面は円筒面に対して直角であると思うが,ここのものは地面に対して概ね鉛直になるようにしてある.またその端面のレリーフデザインは同じではなく,一枚一枚異なっているところが興味深い.ちょっと不思議だ.


下は,宗廟の写真

宗廟での眺め
宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め
宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め 宗廟での眺め

明洞  Myeongdong

ソウル一のファッショナブルタウン明洞(ミョンドン)

ソウル一のファッショナブルタウン明洞(ミョンドン)

だそうである.東京で言えば原宿に相当するらしい.確かに若い人が多いように見えるが,でもちゃんとオバさんも歩いているので原宿とは少し異なるかな.私もブラブラしているくらいだから日本人観光客もわんさか歩いている.


明洞の路地は大衆的

明洞の路地は大衆的

メインストリートから脇に入ると韓国定食風レストランなどが軒を並べ一気に大衆的雰囲気を醸し出している.よく訪れる人には,ショッピングの後に一杯できて,いい街ではなかろうか,多分.


下は,明洞の写真

明洞の写真
明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真
明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真 明洞の写真

南大門(ナンデムン)市場  Namdaemun market

焼け落ちた南大門(崇礼門)

焼け落ちた南大門(ナンデムン/崇礼門)

明洞(ミョンドン)から歩いて南大門(ナンデムン)市場を一旦通り過ぎ,そのまま歩き,ここに着いた.写真は2008年放火により石垣の土台部分を残し完全に焼け落ちてしまった南大門,正式には崇礼門.キムさんによれば,ここだけは秀吉軍にやられることなく,ソウル最古の木造建築で,甚だ残念だそうだ.まあ誰しもそう思うであろう.

現在再建工事中であるが,工事に携わる人達には建造当時の装束を纏わせ,小学生に見学させ,大事な文化財の意義を学ばせているという.


南大門(ナンデムン)市場

南大門(ナンデムン)市場

どうしてこんなに広いのか?と思うほど膨大な数の店舗が広い場所に展開されている.大きな建物内部に区画された店舗から,戸建てのお店,露店,色々な形式のお店が衣料品を中心に日用品,雑貨,食品....色々並べられている.観光客もいるが商取引的にはやはり地元の人が圧倒的な割合を占めるであろう.多分ソウル全域からお客が集まるのだと思われる.


南大門市場では夕方になると屋台が並び始める

夕方になると屋台が並び始める

夕刻近くなると移動式屋台がやって来て開店し始めた.駅前とかでなく市場の真ん中であることがちょっと変わっているように見える.それと日本では客用の椅子は屋台の周囲に並べてあるが,ここでは別途テーブルと椅子を設けてある.なのでそれなりに広いスペースがいるし,客の数も多目に座ることができるようだ.


南大門市場若いご夫婦の屋台に座る

若いご夫婦の屋台に座る

頃合いも良く,1人では普通のレストランは入りにくいが,ここなら入り易い.30代前半くらいの若いご夫婦の屋台に座って見ることにした.旦那さんも奥さんも日本語を少し話す.ソウルの人はお店の人もレストランの人も少し日本語を話せる人が多い,どうしてでしょう?

開店後奥さんは専ら調理に専念し,旦那さんは食材の運搬などしてから,屋台の周りにビニールの囲いをする.『冬は囲いの中でストーブも焚くので暖かいですよ』ということだ.


南大門市場の屋台のマッコリとヤキトリ

マッコリとヤキトリ

マッコリとヤキトリを注文した.確かマッコリ300W,ヤキトリ1000Wだったと思う.ヤキトリは元々櫛に挿してあったが,引き抜いて野菜を混ぜて炒めて出してくれた.辛くはなく美味しかった.これにはちょっと驚き,感心してしまった.日本にはない流儀ですね.お皿にはサランラップが敷かれていた.同じような盛り付けは河西回廊の武威雷台の縁日で見かけ,ビビったものだが,ここでは全く想像する間もなくとっさに出されたのと,私が最初の客でお皿も新しかったので気にならなかった.

マッコリはポチのお皿のようなアルミボールに入れて飲むのだが,かなり豪快な飲み方に見えると思う.ただマッコリはアルコール度数が少ない(今ウィキペディアを引いたら6-8%,ビールより少し強い程度らしい)ようで,700mlくらいのボトルは直ぐに空になってしまった.

空も暗くなり,腹もくちくなったので近くのメトロ4号線会腎駅から乗って,ホテル最寄りの国会議事堂駅に行くことにした.ごちそうさまでした,とお暇すると,またソウルに来るときもぜひお寄り下さいと言われた.とても感じの良い店で美味しいし,そうしようと思う.


下は,南大門市場の写真

南大門市場での眺め
南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め
南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め 南大門市場での眺め

ソウル他  others

ソウルの山は花盛り

ソウルの山は花盛り

ここは名門と聞く新羅(SHILLA)ホテルグループのお店.霞んでいるが近くのお山は桜などが咲き乱れている.キムさんによればこうした市内の山や坂道は自転車が少ない理由の一つにもなっているそうだが,景観としてはいいと思う.


ソウル市内のツーリストインフォメーションブース

ツーリストインフォメーションブース

昼食を食べたレストラン近くでたまたまツーリストインフォメーションブースを見かけた.入って,マップがないか訊ねたら,親切にも日本語のソウル市内マップを分けてくれた.地下鉄の路線案内もあるし大変便利なマップだった.ありがとう.


ソウル地下鉄は安全ドア付き

ソウル地下鉄は安全ドア付き

上述のように屋台で一杯引っ掛けた後,メトロ4号線会腎駅から銅雀駅で9号線に乗り換えて,国会議事堂駅で降りた.駅の表示は,上で貰ったマップと同じように珍しく漢字とアルファベット標記で併記され,大変助かった.ハングルだけではお手上げになること間違いない.以前から設備されてはいたが,ソウル地下鉄のホームは安全ドア付きだ.特に盲人の人々にはもちろん,ひどく混み合う東京周辺の駅でも全面的に採用すればはかなり安全になるのではなかろうか.

金額は忘れたが,乗車賃はかなり安かった.いや日本の鉄道は高過ぎるとは思う.


ソウルはスマートホンが主流のようだ

ソウルはスマートホンが主流のようだ

ラッシュアワーの地下鉄は意外と混んでないように見えた.区間に依るのかも知れないが.車内で操作されているのはスマートホンが多いようだ.サムスンのスマホは今世界的にも大きなシェアを占めるそうだが,不思議な事に殆どの商品が東京より安いのにスマホだけは80,000円くらいで,高いとキムさんが言っている.さてどうしてでしょうね?

国会議事堂駅で降りるとたまたまお巡りさんが居たので,レキシントンホテルへの道を訊いてみた.あっちですね,と指さしてくれたのでお礼を言ってその方向に歩いた.でも着いたところが今降りたメトロ一つ前の駅ではないか!お巡りさんも実は良く知らなかったようだ.そこで,通りかかった若い女性にホテルの名刺を見せて,ここに行くにはどっちに歩くのでしょう?と訊ねたら,女性は道を知らないようで,自分のケータイで,名刺に記されたホテルの番号に電話し,聞き出して,私に教えてくれた.そこまでしてもらって大変有り難かった.ほんとにカムサハムニダでした.

なおこの駅近くにある屋上に半球形ドームを載せた国会議事堂はかなり大きい.予め南北統一がなされたときの議員定数増大を見込んで建設されているためだそうだ.ふむふむ.


インチョン空港から帰国

インチョン空港から帰国

こうしてレキシントンホテルに帰り,無事二泊目の床に就いた.

明けて4月24日,空はどんよりしているが何とか降らないで済みそうだ.バスに乗りキムチ屋さんを経由してインチョン空港へ行った.ここでキムさんとはお別れだ.ありがとうございました.

アシアナ航空機は順調に飛び,定刻に成田に到着し,お陰様で無事旅行を終えた.天気が最高に悪かったが何とか見て回れたし,必ずキムチの付いた韓国料理もたっぷり味わえた.次に来る機会があればもっとじっくりあちこち見てみたいものだ.


下は,ソウル他の場所の写真

ソウル他の場所の写真
ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真
ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真 ソウル他の場所の写真


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