このベースキャンプ(BC)へ編ではリーロン(日隆)の宿を出発し,海子溝景区ゲート,斎戒坪,朝山坪,石板熱,石稍台を経て,タークーニャン山ベースキャンプ(BC)である老牛園子に来たとき,および老牛園子で一泊したあくる日高度順応のため大海子と花海子とを訪れたときの写真を載せました.
7/15朝,日月山荘で朝食後海子溝景区ゲートに向け出発した.幸い天気は良さそうである.
日月山荘はリーロン(日隆)の街外れにあり,海子溝景区ゲートには程近く位置している.リーロンはチベット族の街なので,マニ塚が見えたり,チベット様式の家やホテルが並んでいる.多分漢族も多く入り込んではいるであろうが.
ガイドSさんが下のチケット売り場で皆のチケットを買い求め,木道階段を上ると海子溝景区ゲートがあった.ただこのときは無人であった.ハイシーズン(いつ?)は滞在しているのであろう.
いくらも上っていないが,それでもリーロンの街がよく見渡せる.以前より大分建物が多くなったように思う.
ゲート脇にはこのマップが掲げられていた.下のチケット売り場でも違っていたのだが,このマップでも大姑娘山5355m(実際は5,025mとされている)と違っているようだ.中国ではこうした例が多く,あまり気にしないようである.この四姑娘山系のように心が広いのだ.
下は,海子溝景区ゲートまでの写真
咲いていた花のいくつかであるが,実際はもっともっと沢山咲いていた.
海子溝景区ゲートをくぐった後暫く歩くと四姑娘山(スークーニャンシャン/Sigunian Shan)の連山が見えてきた.左から四姑娘山(四女:6,250m),三姑娘山(三女:5,355m),二姑娘山(二女:5,276m),そして私たちの目指す大姑娘山(長女:5,025m)が木の陰になりながらも少し覗いている.四姑娘山は4姉妹の山(Four Sisters Mountain)の意であると同時に,主峰の名前にもなっているわけだ.
その昔,何でもパンダを守るため四人の姉妹が力を合わせて虎をやっつけたという伝説があるそうだ.そんな伝説のようにパンダは昔から,そしてもち論今も大切で,一帯はユネスコ世界遺産『四川省のジャイアントパンダ保護区』に登録されているそうだ.
さらに進むと広々した斎戒坪に到着した.石には3,440mと刻まれている.ひとまずここで休憩し,スークーニャンを眺める.
雲の変化は大きい.この写真が最高に見えたタイミングでのショット.まあ後日を含めて,これが一番見えたときであろう.青空を刺すように白い峰が立ち上がる....ちょっと今の季節ではなかなか機会がないようだ.まあ,前回来たときよりはマシなのでいいことにしよう.
下は,斎戒坪までの写真
いろいろ咲いている.写っていたものだけでもこんなにあった.
斎戒坪で休憩後登りを再開した.少し行くと下ってくる日本人パーティに出会った.2日前石綿のレストランで一緒になった皆さんだそうだ.皆さんは朝早く雲の少ないうちにこの辺りまで来て,上には行かず引き上げるということだ.概してこのトレイルは空いており,あまりトレッカーに会うことはなく,ちょっとびっくりした.
右手は海子溝の谷になっている.トレイルはこの谷の高巻き(稜線に近いが)か,脇山の稜線沿いに付けられている.この辺りは広々した緩やかなトレイルでルンルンだ.
左手には長坪溝の谷がある.本来ならは前の日にこの谷を歩くことになっていたが豪雨の道路決壊で日程が削られてダメになったところだ.ガイドSさんの話では相当いいところだということでかなり残念ではある.
さて朝山坪に着いた.ここでまたちょっと休憩する.
この辺りはまだ標高が高くないせいか,ヤクは少なく牛が殆どだ.牛も花を好んで食べている.草を食むと一緒に口の中に入ってくる訳だが,丁度調味料のように美味しくなるのであろう.今度ちゃんと牛に訊いてみます.
下は,朝山坪までの写真
いろいろ咲いている.写っていたものだけでもこんなにあった.
朝山坪から先もまた尾根上の広いトレイルで,前日から雨があまりないため殆ど乾いている.また相変わらず傾斜はなく緩やかであるし軽快に進む.ただ家畜が多いので地雷に対しての気は抜けない.
石板熱に到着した.面白い地名だ.確かにテーブル状の広い石(自然の)がある.もしカンカン照りであれば座れない程熱を持つであろう.
この石も含めてあちこちの石に座り,出発時渡された弁当を広げた.雑食性であまりこだわりのない私だが,ツアートレックでは近年稀に見る低レベルで,以降トレック中の食事に言及するのは差し控えたい.
下は,石板熱での写真
真ん中の,茎がなく集合する花はチベットリンドウというらしいが,珍しい.
石板熱で食べてお腹がくちくなり,少し間を置いてまた歩き始めた.短い林を抜けると打尖包(Dajianbao)と標識の架かる場所に至った.打尖包って,まさか尖閣を包囲し,打倒しよう...とかじゃないでしょうね(←ここまでこじつけて因縁を付けると,まるでどこかの国のような....)
何れにしてもここはそそくさとパスするが吉と,通過する.
石稍台から先は樹林帯に入る.そしてそれは『=泥濘に入る』ことを意味していた.泥濘は半端じゃない.馬が池が形成し,水を讃えているところも多いし,馬の仕掛けた生地雷は,泥との形態や色彩が識別ができ難いようにうまくカムフラージュされている.
ところでこの地方は荷物の運搬は専ら馬で,ヤクやゾッキョは使われないようで,見かけなかった.
一旦林を抜けると海子溝管理署(実際は知らない漢字が用いられている)のような建物を通過した.五星紅旗が掲げられているから政府機関であろう.でもかなり傷んで見えるから,誰も異動で来ることを望まない,役所としては寂れたところといった位置付けであろうか.(←何もそこまで言わずとも)
樹林帯の坂を上ると石稍台(Shishatai)のちょっとした広場に出た.陽があって暑いので木陰で一休み.広場と言っても牛やヤクが居るには狭く,草は伸び放題で,花も多い.
下は,石稍台辺りまでの写真
石稍台で一休み後また樹林帯に入った.この辺りは黄色いサクラソウが多い.サクラソウはピンクで丈の低いプリムラと思っていたが,丈が高く,ピンクでもなく,房々状の花のものもありますよ,見分け方のコツは葉っぱですよ,と同行のHさんに教えてもらった.
また樹木にはサルオガセが絡まっているのが目立つが,あまり樹が枯れている風には見えない.何らかの安定した共生関係を維持するタイプなのであろうか?
樹林帯を抜けると眼下には海子溝の流れと,その前に黄色のテント群が望めるようになった.なかなか手際がいいな~と思ったが,テントは今回馬で運んできて設営したのではなく,半ば常設らしい.
徐々に天気は悪くなってきたが,到着までは持ちそうだ.リーロンの標高は3,150m,ここは3,600mで450m上ったようだ.
周囲を見渡すと,ちゃんと若いヤクもいる.老牛園子と言うから,ジジババヤクだけ,姥捨て山をイメージしていたがこれでホッとした.
さて老牛園子キャンプサイト,一応タークーニャン山トレックのベースキャンプ(BC)になっている,に到着した.トレッカーテントの他にキッチンやダイニング,トイレ用のテントがある.ここのサイトオーナー若しくはその従業員がサイトのメンテナンスや調理を行うシステムのようである.
私たちが到着すると,既に別の日本人グループが陣取っていた.少し話してみると,T社さんの10人程のグループで,前日到着,ここで二泊し,明日アタックキャンプに向かうそうだ.私たちとほぼ同じコースと日割りで,全て1日早く廻るそうである.
他に地元の人であろう,子供連れの一家族(多分)も滞在していた.或いはサイト運営者の家族かも知れない.
さてテントに入ってダッフルバッグを開いて,とりあえずピローを出し,空気を入れ,横になってみる.十分広い.シェラフも明るいうちに用意しておくか....
テントの周りは花いっぱいだ.キジムシロやケマンソウ,エーデルワイス......は特に多い.
夕方になると降り始め,そのうち夜には雷雨になった.テント周囲にトレンチは掘られず,またテントは冬用ではないようで,インナー底の防水能力は不十分だった.翌朝底と銀マットの間はビショビショに濡れていた.まあ,シェラフの縁が少し濡れた程度で済んだのは幸いだった.
下は,老牛園子辺りまでの写真
一面いろいろ咲いている.
さて老牛園子のテントで一泊したあくる日7/16,大海子経由花海子までの往復ハイクに出掛けた.
キャンプサイトの裏手の坂を南東方向に上っていく.一先ず雨はほぼ上がったようでまあまあの出だしか.
トレイルは馬の道で,泥濘みだ.向うから物資を運ぶ馬のキャラバンがやって来た.山側に退避してやり過ごす.ここは山の中であるが,きっと更に奥で生活を営む人たちが居るのであろう.
海子は湖のようで,名のように大きな湖が見えてきた.ここで一先ず休憩だ.周囲は花だらけなので写真を撮って回った.
大海子(the big lake:3,800m)にはたった一軒だが家があった.写真には入っていないが庭には豚がいて,ときどき柵(形ばかりの)の外に出て遊んでいる.そうか豚って逃げないんだ,馬や牛と同じなんだ,と感心した.因みにヤギは逃げてしまうと聞いている.
この辺一帯はチベット族の自治州で,しかも標高3,800mの山奥であるから住んでいる人はチベット族に違いなかろうと思う.普通チベット族の家は,例えば屋根にルンタ,庭にタルチョーなど何らかのチベット仏教所縁のしるしが見えるものだが,このお宅では五星紅旗で驚いてしまった.大中国の中の孤立した一軒家であるので,思想的に変化していったのでしょうか.
下は,大海子での写真
ちょっと難しいが,いろいろ参照し一応名前を振ってみた.
大海子で一休み後花海子に歩みを進めた.やはりいつ降るか判らない空模様は続く.その割に気温は低いわけではなく,まあ適温くらいと言っても良かろう.
途中写真のような小川を越える.こうした水分の多い所では,上に載せたがフキの仲間のような植物が現れる(こういった場所だけに).不思議というか,正直というか....それぞれの植物が長い時間をかけて適応し,ショバを確保していった様子が窺えて面白い.
やがて花海子(the flower lake:3,850m)に到着した.湖と呼ぶには広さがあまりない.春先雪解け時は広がるのであろうか?ただ山間に盆地状の土地が広がっているのは確かだ.
その盆地の底を眺めると,数軒の農家や家畜囲いのある小さな集落が見える.馬などの家畜も結構点在して見える.電気や水道,ガスなどない昔ながらの生活であろうが,きっと充実した日々なのではなかろうか.
出だしの案内板で,花海子はflower Lakeと英名が振られていたように,(ここも)花は豊富だ.私は疎いので,詳しい人に教えてもらったり,付いていって撮らせてもらった.まあ随分変わったものもあったりしてその度に驚いている.
写真のエーデルワイスの仲間は,このエリアで5種類あるのだそうだが,2種類まで見分けるのがやっとだった.
下は,花海子と帰路での写真
3段目左の,綿毛のある青花などとても面白いが,はて何であろう?
こうして老牛園子での日程は順調に終え,明日7/17はアタックキャンプに登る.