この張家界編では,2017年10月14日,高鉄長沙南駅で乗ったバスで北に向かい,途中でランチを頂き,北行を再開.だが少しするとバスが故障し,ここで暫く待つ.やがて修理完了後張家界市に向かい,夕刻着,市中心部の天子大酒店に入り,夕食を頂き休む.そして翌10月15日同酒店で朝を迎えたとき,及び同日夕刻渓布街を訪れたときの写真を載せました.
湖南省張家界市の市街地はマーカー4辺りに位置している.
別窓で大きなGoogleマップを開く高鉄長沙南駅で乗ったバスは長沙の街を抜け,張家界市のある北へと向かった.途中大きな川の畔にソーラー発電ファームが見えた.天気が悪いので発電はいかにも芳しくないように見えるが,そうでもないのでしょうか.
背後の大河は地図を見ると湘江(しょうこう),或いは2,157本もあるというその支流であろうか.でもとても大きいからやはり湘江本流かな.....
バスは途中のサービスエリアに立ち寄った.果物屋さんのブースがあり,私たちを含め観光客が覗き,買っている.
この果物屋さんでも,レストランのデザートでも概して果物は多くない.ここ湖南省では果実はそれほど採れないのでしょうか.
サービスエリアの,常徳という中華レストラン(当たり前だが)に入った.白いテーブルクロスに白いチェアカバーが目立つ.
当地のお客さんの間に挟まり,座った.そして中華料理を頂いた.料理は何だったかな~?まあ一般的な中華だったのか,思い出せない.中華料理は好きなので美味しかった筈だ.ただ上海や西安の大きなレストランと違って,ここは純ご当地レストランなので小さな取り皿が一枚だけだった.これはこの後も概ね同じスタイルで不評だった.
昼食を頂くと再びバスで北上した.なだらかな丘陵に包まれた田園には赤い瓦屋根,白い壁の農家が集落を形成している.白い壁はレンガ若しくはコンクリート躯体に漆喰を塗ったのであろうか.
高速を暫く行くとこのような屋根付き歩道橋が道路を跨いでいた.いかにも中華風デザインで面白い.元々一つの街が道路建設で分断されたため,橋でつなげたのかな~
屋根付き橋というとフィレンツェのベッキオ橋とかマリッツァ川にの橋を思い出すが,いずれもユニークなデザインで建設されているのが面白い.
バスドライバRさんが計器でバスエンジン冷却系の不調を見つけたそうだ.そして修理工場があるという出口から高速を降りることになった.
ドライバRさんがバス背後のエンジンルームを開けて,エンジンを調べる.私たちも覗き見させてもらう.部品のサビ具合などからするとそれなりに年季の入ったエンジンに見える.
不具合箇所は直ぐに判った.写真右下,奥側プーリーに掛かっているべき二連Vベルトがなくなっている.破断し落ちてしまったようだ.なお同プーリー同軸手前側プーリーのベルトがずれているのは奥側に新しいベルトを掛ける準備のためだ.また2つのベルトの繋がる先は別々のプーリーである.
ドライバRさんがあちこち部品屋さんや修理工場を駆け巡り,ようやく適合するベルトが見つかった.二連Vベルトで,曲げやすく,曲げたときの変形(膨らみ)を緩和するノッチ入りタイプだった.
およそ一時間半のロスタイムで,この日予定された黄龍洞見物は入場時間を過ぎ不可能で,別の日を検討するという.
バスは上の写真のように道端に停めて行われたのだが,交通量は疎らであまり迷惑をかけることはなかった.というように相当片田舎的過疎地帯に見えるのだが,上写真にクレーンが見えているように超高層集合住宅ががんがん新築されている最中なのだ.一人っ子政策も廃止されたそうなので,人口増を見込んでのことでしょうか.
バルコニーは日本では普通専有部分に含まれず,格子など付加できないが,中国ではどうやら専有で,元のままの部屋,異種デザインの格子やガラス風防が嵌め込まれているものなどいろいろだ.
やがてバスは山間の張家界市エリアに入ってきた.岩山に樹木が貼り付いている様子は正に目指しているカルスト地形の風景だ.
バスは張家界市街地に進んだ.張家界市は武陵源など大きな観光地を抱え,来訪者のホテルやレストラン,お土産店などがこの市街地に集中して建てられているようだ.
張家界市は人口161万人で,ミャオ族や,ガイドZuさんのトゥチャ族,ペー族など少数民族の割合が多いそうである.
またZuさんの話では,同市には張家界荷花空港という国際空港があり,ソウルや台北への直行便があるそうだ.私たちはここに来るまで結構遠回りしたが,韓国からはそうした好アクセスもあり,日本人の10倍くらいの観光客が訪れているそうだ.
バスが天子大酒店に到着し,チェックインした.英語名はEmperor Hotelだそうで,同じ意味ながら一層畏れ多い印象だ.でもなかなかいいホテルだと思う.
天子ホテルだが写真左端のようにちゃんと超市(スーパーマーケット)も併設している.書画やお土産品に加え,スナックやビールも揃えている.
天子大酒店でキーをもらい部屋に入る.広々し,バスタブもあり,水やお茶,スリッパやバスローブも備え,wifiも一応繋がる(ただしやはりGoogleなどは遮断)し,いいホテルだ.
細かいことながら電源差込口は日本のA型も差し込める汎用タイプで結構だ.なお今回の旅行で泊まったホテルはどこもこの汎用タイプ差込口やwifiを備えていた.
夕刻になり天子大酒店のレストランで中華料理の夕食を頂く.一般的な料理に加え,鍋料理や竹筒料理(写真左端)があった.最初竹の何とか料理の名を聞いたとき,パンダのように笹が混じった食べ物かと想像したが,単にお皿の代わりに竹筒に装った料理であった.また竹筒は新しくはないので,その香りが移るといったこともないようだ.
なお今回旅行のホテルやレストランでは,どこもビール(普通薄めの青島ビール)は30元くらい(545円)だった.
夕食が終わり,部屋に戻ると少し物足りない.そこで上述のレセプション脇超市に降り,ビールとツマミのピスタチオを買ってくる.超市はとても安い.
ところで袋を見て,ピスタチオは中国語で開芯果(開は簡体字で)と称することが解った.成熟すると一辺が裂けた独特の形状となり,熟すと落木し,その形状から開芯果と名付けられた,との解説をネットで見た.しかし想像するに,一辺が裂けた云々は私たちが食べるとき硬い殻の裂け目のことではなかろう.きっと殻の外側に柔らかい果肉が付いており,そこが裂けるのではなかろうか.
さて一夜明け10/15(水)朝になった.朝食後観光に出掛けるため天子大酒店の庭に出た.庭にはたくさんのバスが待機していた.このホテルは幾棟かから成り,客室は相当多いようだ.
天子大酒店前の通りを眺めてみると,1,2階部分は店舗やレストランが多く,その上は居住区間になっている建物が多いようだ.そしてその居住部分の窓やバルコニーには密なメッシュの格子が嵌められているのが目立つ.安全柵にしては細かいし,野鳥の防護であろうか....不思議だ.
写真左,簡体字『专业足 疗中心』は『専業足療センター』のことのようですが,さてどんな専業でしょうか.足ツボマッサージとかでしょうか.....
10月15(水)夕食後,添乗Eさんより大まかな道筋を伺ってから天子大酒店を出た.天子大酒店の前の大通りを越えてから一度曲がると渓布街に至る道になる.その通りは写真のように結構な人出で賑わっている.
通りの先は写真の通り派手に電飾された橋が架かり,流れる川は大きそうだ.名称は聞いていたのだが失念した,困ったものだ.
上記橋の手前に渓布街の入り口門があった.別に門を潜らなくとも渓布街に入れるが,それではちょと形にならない,横浜の中華街門のようなものだ....あれほど立派ではないが.
横浜中華街門ほど立派ではないものの,そこは中華人民共和国の本場,自分を含めて各地からのお上りさんでいっぱいだ.大したもんだ.
渓布街は電飾で満たされている.しかしチカチカするものより,単純に灯り,しかもタングステンランプのような落ち着いた色合いが主流でなかなかいい.
見るとレストラン,お土産店,飲み屋さん....などが多いようだ.
赤い提灯が多く下がっている.日本の提灯と較べて扁平なデザインがいかにも中国情緒だね~
この時間結構寒く感じるが,オープンカフェも繁盛している.寒さがへっちゃらな欧州系も目立つが,ご当地中国の人も見える.みんなよく平気ですね~
やはりちゃんとありました,臭豆腐専門店が.楊記臭豆腐のお店(もちろん知りませんが)です.テイクアウトカウンタ上を見ると,臭豆腐バーガー専門のようですね.
これまた驚きのサソリや昆虫焼きのお店です.虫といっても大きな芋虫サイズ,サソリは大きなハサミを持ったやつで,串焼きにされてます.ヘッドセットを着けたマスター(いや一従業員か)が懸命にセールスしている.
長く見ているとオエーっとなりそうだが,好奇心が勝り,さてどんな人が食べるやら...と,しばし眺めていたが,客は現れず.諦めて立ち去った.別に営業妨害とかしておりません,念のため.
渓布街は少数民族の街だそうだ.そしてそうした民族伝統のお菓子の製造実演販売場面があちこちで見られる.写真は生姜キャンデーの切断作業と思われる.
キャンデー以外ではやはりナッツ類を入れたクッキーが多い.私も2,3ここで買い求めた.
落ち着いた色合いの漢字看板,本物のトウモロコシ,酒と記した提灯.....いい味出してる居酒屋さんですね.ただ一人だけで入るには気が引けて入ることなくホテルに戻ることにした(←せっかくここまで来て).