レフカラLefkara

このレフカラ編では,2016/1/10(日)昼ごろ,バスでニコシアからレフカラに移動し,ここのケントポカフェで昼食をとり,食後レフカラの街を歩き聖十字架教会を見物したときの写真を載せました.

ニコシアからレフカラへのマップmap of Lefkara

ニコシアからレフカラへのマップ(Googleマップのスクリーンショット)

1/10(日),ニコシアを出ると,高速道A1で南下し,一旦平野に出ると直ぐ高速を降り,山道に入りレフカラ(Lefkara)に行った.

レフカラは500mくらいの標高に位置し,緩やかではあるが傾斜のある高原といった場所にある.

ニコシアからレフカラへgo to Lefkara from Nicosia

ニコシア街外れの遊園地

ニコシア街外れの遊園地

バスがニコシア中心部を離れ,南に向かった.街外れに至るとこんな遊園地があった.かなり大掛かりな遊具を備えるが,囲いの塀などからすると移動式であろうか.そうだとすると,設置,撤収,移動などの作業はかなり大変そうだ.


ニコシアからバスはA1高速道路に入る

バスはA1高速道路に入る

バスはリマソール(Lemesos/Limassol)に向かうA1高速道路に入った.リマソールはこの後レフカラとキロキティア古代遺跡に寄った後,夕刻に落ち着く街だ.


ニコシアから暫く走ると畑が出てくる

ニコシアから暫く走ると畑が出てくる

これまでラルナカ~ニコシア~ギルネの辺りでは殆ど畑を見なかった(見落としもあると思うが)が,ニコシアから暫く走ったこの辺りには結構広い畑が見えてきた.まだ冬で茂ってはいないが,麦とかであろうか.


ラルナカ/リマソール分岐点手前

ラルナカ/リマソール分岐点手前

ラルナカ/リマソール分岐点の標識が見える.地図を見るとその分岐点直後に高速を降り,レフカラ村に行く道があるようだ.


A1高速を降りた

A1高速を降りた

A1高速を降りると,村の道に入った.道脇所々には住宅が現れ,歩行者横断に注意,30km/hの標識が見える.


レフカラに行く二通りの道

レフカラに行く二通りの道

この分岐点で,どちらに行ってもレフカラ村に入るようだ.このときは左を行ったか.....

赤い屋根,白い壁の住宅群が見えているので村は直ぐそこだ.


丘の分岐点から眺めたレフカラの村

丘の分岐点から眺めたレフカラの村

上写真の分岐点で,帰路バスを停めて,改めて丘のこのポイントからレフカラ(Lefkara)の村を眺めたのがこの写真.

レフカラ村の白い家々が緩やかな傾斜地に張り付いている様子や,一段と高い鐘楼の聖十字架教会が村の中ほどにあることがよく判る.


丘の分岐点から眺めた南の地中海方面

丘の分岐点から眺めた南の地中海方面

同じ丘の分岐点から南の地中海方面を眺めるとこんな風に見える.大した距離ではないが,それなりの丘陵が海岸近くまで続いている様子が読み取れる.実際この辺りは標高500mもあるそうで,高尾山より若干低いくらいであることを考えるとそれなりに上った訳だ.

ここで再度マップを見てみると,南キプロスは日本のように平野が少ない地形であることが読める.ただし北キプロス側はかなり平地が多いようだ.

ケントポカフェでランチlunch at Kentpo pavilion tabepna cafe

ケントポカフェに入る

ケントポカフェに入る

ケントポカフェ,正しくはKentpo pavilion tabepna cafeのお店に入った.tabepnaはギリシャ語のタベルナ(taberna/レストラン)に相当するキプロス語か.

また玄関先の底の尖った大瓶は地中に埋め込んでワイン醸造に使うものかな.


ケントポカフェは大繁盛

ケントポカフェは大繁盛

ちょうどお昼時で,ケントポカフェは老若男女いっぱいの客で大繁盛だ.バーカウンタも備えるが,子供連れの人も多く,いわゆるファミリーレストラン的でもある.この後訪れる聖十字架教会の日曜ミサからの帰りの人も多いらしい.


ケントポカフェはバルコニーにもお客さん

バルコニーにもお客さん

いっぱいの店内に加え,バルコニーのテーブルにもお客さんだ.多分この辺りで評判のお店なのであろう.


ケントポカフェでかなり食べてしまったチキン,ポーク,ミートボールのBBQ

チキン,ポーク,ミートボールのBBQ

ここはケバブを得意とするお店で,私たちはチキン,ポーク,ビーフミートボールを主とするものだった.それにタバス(Tavas)と呼ばれる混ぜご飯もあったように思う.食べる前に撮ればいいものを....と反省している.遅いが.

串焼きケバブであるが,串を抜いて出してくれるので食べやすい.ケバブ類はどちらかと言うと,いや圧倒的にイスラム圏で食べることが多いが,ポークは絶対になく,マトンやビーフが多く,チキンは稀なように思う.ということでここのポークは特に良かった.

レフカラの街town of Lefkara

レフカラ村のメインストリート

レフカラ村は人口1100人という小さな村だが,聖十字架教会があるため,巡礼者や観光客が結構訪れるそうだ.ケントポカフェの辺りから,聖十字架教会の辺りまでがメインストリートのようで,道の両側にレース編み品(いや刺繍というのか?)やシルバー装飾品,イコン,絵葉書,細かなお土産品.....など揃えたお店が並んでいる.

レフカラ村の光景1レフカラ村の光景2
レフカラ村の光景3レフカラ村の光景4

特にレフカリティカ(Lefkaritika)と,ここの地名を冠した手造りのレース編みは有名だそうだ.元は古代アッシリアの技術が伝授され,後の1481年レオナルドダヴィンチ(Leonardo da Vinci)が村を訪れ,デザインし,出来上がったレース編みをミラノドゥオーモ(大聖堂)の祭壇に飾るために持ち帰ったという言い伝えがあるそうだ.以来評判が高く,かなり輸出も行われているそうだ.

なおレフカリティカは2009年,ユネスコの無形文化遺産に指定されたそうである.ちなみに日本でも繊維関係では小千谷縮(2009年),結城紬(2010年)などが指定されているようだ.


レフカラの街の路傍のロクマラス屋さん

路傍のロクマラス屋さん

ロクマラスと呼ばれる甘く丸いドーナツを揚げて販売している.添乗Aさんが大量に買い占めて皆に分けてくれた.普通のドーナツに較べて密度が低く(柔らかく),かなり甘く感じられた.ごちそうさまでした.


レフカラの街の聖十字架教会への案内板

聖十字架教会への案内板

聖十字架教会への案内板が見える.この矢印方向に歩くと,メインストリートとは異なる,裏の小径から教会に辿ることができる.

キプロスは概して案内板は多く設けられていると感じるが,この写真でもレフカラ手工芸品センター(レース編みもある筈だ),お手洗い,お店,市駐車場,それにぶどう房はワイナリーかな?....といろいろある.



裏の小径はレフカラの語源通り

ところでレフカラ(Lefkara)とは白い石の意味だそうだ.多分石灰石であろうがこの辺りで白い石を多く産するそうだ.そして特に古い時代から続くという,裏の小径を通ると,家の壁,塀,舗道が皆白い石で出来ているのだ.なかなか味わいがある.

レフカラ村の裏の白い石の小径1レフカラ村の裏の白い石の小径2
レフカラ村の裏の白い石の小径3レフカラ村の裏の白い石の小径4

聖十字架教会Holy Cross Church

聖十字架教会前景

聖十字架教会前景

白い石材を主とした外観の聖十字架教会の前にやってきた.もちろん正教会であり,キプロス国旗ではなくギリシャ国旗だけが掲げられている.ギリシャとの合併指向の強い派閥なのであろうか.

最初の教会は,現教会の一部として14世紀に建設され,以降信徒の願いで拡張されていったという.それが複数様式の組み合わせとなって現在の姿になったということだ.例えば鐘楼は装飾彫刻と共に1857年に付加されたということだ.


聖十字架教会の付属施設か?

聖十字架教会の付属施設か?

聖十字架教会の少し手前に小さな十字架を載せたドームのある建物が見える.宿坊か何か,教会の付属施設であろうか?

アーチやドームなどキリスト教建築であるが,この周辺の白い石造りと同じ材料で,同じような工法で作られている.


聖十字架教会の礼拝堂

聖十字架教会の礼拝堂

私たちは正面入口から入って礼拝堂を見せてもらった.椅子(ベンチ)が並べてあるが,一目で正教会と判るインテリアだ.具体的には大きなイコノスタシスが目に入るので一目瞭然な訳だ.

日曜礼拝も終わった時刻で,ほぼ誰も居ない状況だった.ただ写真左手の女性のように,ミサに間に合わなかったのか,今こうしてキャンドルを灯しお祈りする方もおられた.


聖十字架教会のイコノスタシス

聖十字架教会のイコノスタシス

これがそのイコノスタシスだ.下段王門右にキリスト,左に聖母子のアイコンは定石通りであろう.その上,中段は難しい.一番上は預言者や聖人のようだ.


聖十字架教会の大きな十字架

聖十字架教会の大きな十字架

イコノスタシス右側にこのような大きな十字架が据えられている.聖十字架教会の名に因むものでしょうか?金ピカで種々細やかな彫刻が施された只ならぬ十字架に見える.

ところで教会名に冠した『聖十字架』であるが,1307年,フランク占領下のレフカラの司教であったオリビアノス(Olivianos)による,金色のレフカラ十字架の下部に記された碑文,それは現在の教会の東側,イコノスタシス背後のフレスコ画に基づくらしい.

そしてガブリエルという名の僧侶が修道院を建て,次に十字架についてよく調べ,1740年に教会を復元した......?違うかな.....?


聖十字架教会の空洞十字架

聖十字架教会の空洞十字架

上記金ピカクロスの反対側に設置されている,四角い金ピカイコンを離して配置し,空いた空間がクロスの形になっている.やはり聖十字架教会の名に関係ありそうだ.


聖十字架教会のドーム天井

聖十字架教会のドーム天井

ドーム天井にはフレスコ画が描かれている.中央はイエスキリストで,両サイドは天使であろう.そして右側の天使がA(アルファ)とΩ(オメガ)と記されたページを開いている.何でしょう?

実はこの後の日,『AからΩまで』という名のスーパーマーケットを訪れるのだが,それはAからZまで,すべて取り揃えてありますと云う意の,イオンとかイトーヨーカドーのような総合スーパーのネーミングとガイドCnさんに教わった.で,この教会の場合どんな意味合いなのだろう?もう手遅れだが,訊いておくべきだったな~


聖十字架教会礼拝堂後方を望む

聖十字架教会礼拝堂後方を望む

イコノスタシスこそ超派手だが,こうして後方を望むと,装飾は著しく少なく,結構シックな感じだ.ステンドグラスなんかもシンプルでモダンなデザインに思える.まあ,朝方見せてもらったフレスコ画で埋め尽くされた聖ヨハネ教会とは対極を成すであろう.


さてこんな風にしてレフカラの観光は終わった.次は『キロキティア古代遺跡』の予定だ.



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