このトレック1日目ビリチコーへ編では,7月2日4WDでホーパルへ行き,ここから歩き始めブアルタール氷河を越え,バルプ氷河を渡り,バルプ氷河のアブレーションバレーを歩きビリチコーのキャンプサイトへ行くまでの写真と記事を掲載した.
7月2日朝カリマバードのホテルでドアのノックで起こされ(電話がないので),朝食の後,9:00AM5台の4WDに分乗しホーパルに向けて出発した.ガイドSさんに加え,山岳ガイドKさんが新たに同行し,トレック期間中面倒をみてもらうことになった.よろしく願います.
カリマバードを出てフンザ川を渡るとナガール地方に入る.少し行くとフンザ側エリアの背後にレディーフィンガーを望む川原に至り,ここで小休止した.山の上に雲があるも上空はかんかん照り,でも湿気は少ないのでなかなか爽やかだ.
全体的には砂漠的様相の景観に所々オアシスのように畑や林が点在する.作物はジャガイモや麦などであろうか?こうした所は決まって村があり,人々が暮らしを営んでいる.ナガールはほぼ100%シーア派教徒だそうで,村の一角には簡素なモスクが建てられているのも見える.漠然とながら「昔の日本みたい」といった感想も聞かれた.
ホーパルへ向け高度を上げていくと,フンザ川に流れ込むナガール谷の対岸にギルギンディール(左/Girgindil:5,296m) とスパンティーク(右/Spantik:7,027m)がよく見えてきた.
この辺りで車を止め休憩していると子供たちが寄って来てくれた.11,2歳くらいであろうかスカーフを纏っている女の子も居て,フンザより少し戒律は厳しいように感じられる.
下は,ホーパルへ向かうときの写真いろいろ
4WDは順調に走り,10:30AM頃ホーパル村のレストランに到着した.目の前にはブアルタールピーク(Bualtar peak)がでんと聳えていた.BualtarのBual=牛,tar=牧草地の意だそうで,山の麓には牛が草を食んでいるのであろう.
ちょっと早めであるが途中で食事を作ってもらう適当な場所がないため,ここでスープやチキンカレーのランチを戴いた.結構美味しかった.なお,このレストラン(と言っても庭にテーブルを並べた程度であるが)はホーパルヒルトンインと云う大層立派な名前が付いているという.イスラマバードの米資本ホテル,マリオットは3年前自爆テロで多くの犠牲者を出したので,ヒルトンなどと米系の....と,心配する必要はさらさら無さそうだ.
ホーパルヒルトンインの庭にはポーターが集結していた.早めに出発してもらうため山岳ガイドKさんたちが計量し,ポーター頭と配分していた.このときしっかりと計量し,それに基づく契約を交わした筈.....だそうであるが,トレック完了時の支払いでやはりもめていた.まあ,こうしたことはパキスタンではお約束であるそうだが.
なお,ポーター,シェフ,キッチンボーイは全てホーパル村から供給するのが掟だそうだ.まあ,これは自然かも知れない.ただ総合ガイドSさんと山岳ガイドKさんはフンザの人で,ガイドは例外であるようだ.まあ,そうした専門家は誰でも務まるという訳ではないから理解できる.ポーターも遠征隊の高所ポーターなど専門性の高い場合は,ネパールからシェルパを連れてきたりするが,それもまあ理解できよう.
下は,ホーパル近くの風景
早めのランチの後,11:40AMホーパル村を発ち,ブアルタール氷河(Bualtar glacier)を横断するため先ずはここに下っていった.ブアルタール氷河は別名ホーパル氷河(Hopar glacier)と呼ぶこともあるようだ.この氷河はよくあるように表面が石や泥のモレーンで覆われており,あまりきれいなことはない.
ブアルタール氷河の先に見えるのがシャルタルピーク(Saltar peak:4,741m)だったと思う.
ブアルタール氷河に下り,上流側に見えるのが上述のシャルタルピーク(左/Saltar peak)とカップルピーク(右/Couple peak:5,882m)と呼ばれる山のようだ.教えてもらったときのメモに一応そのように書いてあるのだが.....雲の中になってしまったし,確信はないが...
氷の上に薄いモレーンが載っかている場所はちょっと危ない.つまり足を置いた砂利ごと氷の上を滑ってしまうから.こういった場所ではガイドや添乗員の方にサポートしてもらって進んだ.
ブアルタール氷河を渡ると広いサイドモレーンに着いた.ここで一旦休憩し,広いモレーンで草を食む牛の姿や羊飼いの少年が羊を追う様子を見ながら寛ぐ.このモレーンの先には次に渡るバルプ氷河があり,このモレーンは丁度2つの氷河の中洲のようになっている.
渡ってきたブアルタール氷河を振り返ると,場所によっては急峻な凹凸とクレバスだらけのところも多く,しかも氷河は動いているのでガイドの役目は甚大であろう.
下は,ブアルタール氷河越えの写真あれこれ
中州を少し歩くともう1つの氷河,バルプ氷河が先方に見えてきた.この辺りには夏の家畜放牧のための石室小屋が築かれていた.シスキンと称する場所だそうである.羊飼いの少年が追う羊は長い毛並みがなかなか美しい.
ところで羊や牛を眺めていると,歩いているとき以外はのべつ幕なしに食べているように見える.まあ,それが家畜の勤めなのであろうか,それとも疎らな草のせいなのであろうか?つまり,たっぷり餌が与えられれば人のように腹いっぱい食べ,次は空腹になるまで待つのであろうか?
バルプ氷河もまたモレーンで覆われ黒い.所々で大きなクレバスがあり,先導のガイドKさんが大きな石を投げ入れて,その音から,「ね,深いでしょう?」と言ってくれるが,どうも良く聞き分けられない.すると今度はかなり大きな石,いや岩を,雪庇のようになった氷に投げて(正にそのときの写真がこれ),ぶっ欠く芸を披露してくれた.力持ちで皆で感心した.この力は,後日氷の川に岩を投げ入れ,飛び石を作ってくれるときにまた大いに発揮されたのだった.
こうして無事バルプ氷河を渡りきると,土手のようになったサイドモレーンに到着した.モレーンを歩くと,薪を背にした3人の娘さんが上流から下流へと歩いて行った.多分ホーパル村に戻るのであろう.家畜の世話は男性の仕事,畑や薪拾いは女性の仕事なのであろう.
サイドモレーンからアブレーションバレーに降りると,一軒の石室小屋があった.この付近はバルプギラム(Barpu Giram)と呼ばれる土地のようである.
下は,バルプ氷河越えのときの写真あれこれ
バルプ氷河のサイドモレーンを越えると広々としたアブレーションバレーがあった.目指すビリチコーへはこのバレーをひたすら南東へと歩みを進めることになる.比較的地面に緑も多く,平らなところが多く実に気持ちよく歩ける.
暫く行くと,先方にスパンティーク(別名ゴールデンピーク/Golden Peak:7,027m),ナイフエッジ状のスマヤールピーク(Sumayar peak:5,700m),ミアールピーク(Miar peak:6,824m),プーパラッシュ山系(Pupa rash:6,574m)などが現れ,いい眺めも堪能できる.また歩いて来た方向を振り返るとウルタルが聳えていた.
午後3時過ぎ,テーブルとして適当な岩のある場所でお茶を持ったキッチンスタッフのアバースさんが出迎えてくれていた.暫く歩いた後のミルクティーは美味しかった.ごちそうさまでした.お茶の後,ここからテントサイトまで1時間半余り掛かると告げられ,再び歩き始めた.実際は2時間近い結果だったと思う.
但しそのうち水が流れる場所にやってくる.何とか脇道がないかと思案していると,ガイドKさんは"No problem!"と先導するので皆つられて渡ることにした.結構長い区間だったが何とか濡れないで通過できてよかった.
先方左はスパンティーク,右はスマヤールピークで,その間に見える窪みはポラン峠(Polam pass)と呼ばれるようである.
先方にテントが見えてきた.先に行ったポーターの人たちが設営してくれていたのだ.ビリチコーに到着したのは6:15PMだったが,夕刻雲が少なくなりまだかなり明るかった.
ポーターの皆さんは今日の仕事を終え,岩陰で休息をとり,シェフのRさんとキッチンスタッフの皆さんは夕食の準備に追われていた.テントで休んでいるとロバの鳴き声が聞こえてきた.おかしいな,そんなのどこにも見当たらないのに...???と不思議に思っていたが,後,夕食時シェフRさんの挨拶で,それがRさん得意の声帯模写と知り,ようやく謎は解けたのだった.なおRさんの料理はとても美味しかった.
下は,ビリチコーへ行くときの写真
下は,ビリチコーとその近くの写真
日が落ちるころ北西の空には逆光ながらいろいろな山のシルエットが並んだ.左からハチンダール(Hachindar:7,163m),ムチュチャー?(Muchhu char?),マーブル(Marble),レディーフィンガー(Ladyfingaer/Lady's Fingaer;6,000m),フンザピーク(Hunza peak:6,270m),ウルタルⅠ(Ultal Ⅰ:7,329m),ウルタルⅡ(Ultal Ⅱ:7,388m)のようだ.但しムチュxxxについてははっきりしない.
なお南東の方向ではスパンティーク(ゴールデンピーク)が一部ながら赤く染まってそれなりに見応えがあった.