デリーから帰国back Home from Delhi

このデリーから帰国編ではリシケシを出て,街道を南下し,デリーに到着し,インド門などを訪ね,帰国するまでの写真と記事を掲載した.

リシケシを出るleave Rishikesh

レンガの養生筒

レンガの養生筒

リシケシで一夜過ごし,デリーに向けてバスに乗った.今回通過した区域はどちらかというと,乾燥し,埃っぽいエリアだと思う.そんな中で写真右端,レンガの筒を所々で見かけると,心安らぐ気持ちになる.きっとこの筒は街路樹植林のため,所定の大きさに育つまで保護のために覆ったプロテクタと思われる.うちの住まい近くの街路樹はせいぜい2本の杭+横棒の支えにくくり付ける程度だから,保護のやり方が半端でないように見えるのだ.反面,何もそこまで....とも思わないでもないが.


リシケシの雑木林

雑木林

インドは10億人以上住まうと聞くが,意外と空き地やこのような雑木林が多いように感じた.筆者から見ると山地とかではなく立派な平野の中の空間なので,“空き地で勿体ない”とかの貧乏人根性が直ぐに性を現すようである.

でもこういった広葉樹の雑木林は眺めているだけでも気持ちのいいものだし,まして歩けば最高であろう.関東でも杉やヒノキ林は多いが広葉樹は必ずしも多くないので,うらやましいな~

街道筋along the highway

イスラムの町

イスラムの町

昨日はチベット仏教徒の町を通過したが,インドでイスラム教徒はその比ではなく圧倒的に多い.女性は写真のように黒い衣装で顔まで覆っている.男性は写真のように普通の服装である場合や,白いキャップやカーフィヤで頭を覆っている場合も多い.またデリーに行く途中では結構大きなモズレムの町もあった.

なお別の場所では立派なキリスト教会も見かけた.ヒンドゥーが主であるが,信教の自由は守られている.対立による抗争も割りと頻繁に起こりはしているが.......


街道の踏み切りの手前

踏み切りの手前

鉄道踏み切り前の街道では,車が信号待ちで列を成して停車するのを見越して焼きトウモロコシや果物を窓から売り込む商売が盛んだ.果たして一日何本列車が通過するのであろうか?稀にしか通らないように見えるのだが.....

私たちのバスの親切なネパール人助手は刻んだスイカを買い込んで,車内で配ってくれた.2/3くらいの人たちはやはりインドという土地柄を恐れて手を出さないが,食い意地の張った筆者は,まあトレッキングも無事終わったことだし,豚インフルエンザも年寄りはあまり罹らないということだし...と一所懸命言い訳して頬張ったのであった.若干塩がまぶしてあり,美味しかった.


ここのバスは客室と運転席がちゃんとした壁で仕切られ,安全性に配慮されている.また運転席には電飾付きシヴァ神像が据えられ,ドライバを見守っている.きっとそうしたお陰もあって大変な山道を越えてきた.またこれからもデリーまで無事に行けそうであるし,運転ご苦労さまでした!

バスの客室/運転席仕切電飾付きシヴァ神像

下は,街道筋の写真.右端はマンゴーであるが,この辺りではまだ少し早いようだ.

デリーへ戻る街道筋の写真
デリーへ戻る街道筋の写真 デリーへ戻る街道筋の写真 デリーへ戻る街道筋の写真 デリーへ戻る街道筋の写真 デリーへ戻る街道筋の写真 デリーへ戻る街道筋の写真 デリーへ戻る街道筋の写真

デリーにてat Delhi

デリーの市場前

デリーの市場

当初予定のフライトがキャンセルされ,香港経由の遅い便になった.デリーは大都市なのであちこちに市場があると思われるが,その一つに案内してもらった.いろいろな商品の小さな専門店が連なる典型的な市場であるが,道が狭く,全体が路地裏的雰囲気と感じられた.鮮魚店もあって,あ~インド人も魚を食べるんだ,と思った.


デリーのインド門

インド門

さらに時間が余り,インド門に案内してもらう.インド独立の願いを託し,第一次大戦で英軍に加わり戦死した一万人以上の兵を祀った大きな記念碑だそうである.訪れたときちょうど,毎日夕刻あるというインド軍兵士による献花の儀礼が執り行われていた.多数の犠牲者が出たに拘わらず独立の願いは叶えられなかったそうで,さぞかし無念であったことであろう.


下は,デリーでの写真

デリーでの写真
デリーでの写真 デリーでの写真 デリーでの写真 デリーでの写真 デリーでの写真 デリーでの写真

帰国return home

デリー空港から出国

デリー空港から出国

インド門からレストランに行き,最後のインド料理を食べた.辛かった.そして空港に行きエアインディアのカウンタでチェックイン.ちょっとズングリした機体のA310-300(シートは2-4-2)で香港まで飛ぶ.

香港でキャセイのB747-400機に乗り継ぎ,成田に向かった.東シナ海上空辺りであろうかかなりの揺れがあったが,定刻通り午後2時半ころ成田に着いた.着陸態勢に入る頃,乗務員が皆マスクを着用し始めていたが,今回の豚インフルエンザは高齢者に感染しない,という報道を信頼し筆者はそのまま検疫,入国審査,税関を通過.またインドと違って,日本の担当官は高齢者ではないに拘わらずマスクをしていなかった.これを見て安心した.

こうして無事シブリンBCトレックの旅は終わった.スタッフや同行の皆さんにはいろいろお世話になり,とても楽しい旅ができた.ありがとうございました.



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