福井めぐり
この福井めぐり編では,2020年11月28日,滋賀県から福井に向かい,先ず氣比神宮に参拝し,小浜市に行きSABARレストランで鯖夕食を頂き,濱の湯に浸かり,再び敦賀市に戻ろうとするときの写真を載せました.
福井めぐり付近のGoogleマップ
滋賀県を出て福井県に入り,敦賀市の氣比神宮23を参拝し,その後小浜市24の鯖レストランで夕食を頂き,小浜濱の湯に浸かって,また敦賀市に戻る行程だ.
福井に向かう
福井県に入る
バスは福井県に入ってきたようだ.街道脇小高い山々の合間にやはり畑が展開されている.ヨシは見えず,これから寒くなるので作物は少な目だ.
芸能にも詳しいガイドさんによれば,五木ひろしはこの近くの小学校で過ごしたことがあるそうだ.自宅が小学校の目の前で,始業のチャイムが聞こえてから登校するため遅刻の常習犯だったそうだ.得意な音楽も,演歌調で歌うので教師の評価は芳しくなく,低い点数に留まったとか.だが音楽への情熱は衰えず,やがて「よこはま・たそがれ」の大ヒットでデビューを果たしたという.
分野は違えど前ページの井伊直弼氏といくらか共通点が感じられ,興味深い.
北陸新幹線は工事中
彦根では時々青空も見えていたが福井に入ってから敦賀に近づくと徐々に天気が悪くなり,雨が降ってきた.西高東低冬型気圧配置の影響かな~
天気と夕刻のため暗くなった街道脇では大掛かりな高架橋工事が行われている,北陸新幹線は現在金沢まで開業し運行されている,続いて敦賀まで延長する工事という.予定より遅れているそうだが2022年度末完成を目指しているという.
氣比神宮
氣比神宮に到着
やがて敦賀市の氣比神宮に到着した.
氣比神宮は日本三大木造大鳥居のある神社として知られるということだ.大鳥居のある神社とは春日大社,厳島神社,それにここという.選出基準が「木造大鳥居」とバカに限定的カテゴリーであることにちと驚くが,それでは身も蓋もなかろう.
氣比神宮は,松尾芭蕉の『おくの細道』本文に「けいの明神に夜参す」と記載され,名勝「おくの細道の風景地」に指定されているという.伊奢沙別神(いざさわけのみこと:食物神),仲哀天皇(ちゅうあいてんのう:武神),神功皇后(じんぐうこうごう:應神天皇の母),日本武尊(やまとたけるのみこと:武運神),應神天皇(おうじんてんのう:八幡神),玉妃命(たまひめのみこと:聖母神),武内宿禰命(たけうちのすくね:長寿神)の7柱をご祭神として祀っているそうだ.日本武尊以外聞いたことのない方々で,神社のご祭神はやはりとても難しい.
ご利益は海上安全,大漁祈願,無病息災,五穀豊穣,芸能上達,病気平癒,健康長寿など多岐に渡るが,海上安全,大漁祈願はやはり大きな港を抱える土地柄ならではでしょう.芸能上達は何らかの郷土芸能と関連しているのでしょうか.
参道入口太鼓橋を出てみる
駐車場は参道入口と反対側にあり,木造大鳥居を表から眺めるために,一旦朱塗り欄干の太鼓橋から出てみた.雨のためか参拝客は疎らで,敦賀の街も混み合っていない様子だ.
木造大鳥居
これが注目の木造大鳥居だ.木造を活かし朱に塗られ,金文字で氣比神宮の額縁が架かっている.一般的な様式と思われる.
大きさは予想したほど大きくは感じられなかった.「木造」という限定を外せば,例えば東京では靖国神社(多分石製)などもっと大きそうだ.
大鳥居をくぐり進むと猿田彦神社入り口
大鳥居をくぐり,拝殿方向に進んだ.途中参道左側に分岐する道があり,猿田彦神社の標識と石の鳥居が立てられていた.
猿田彦神社は猿田彦大神(さるたびこのかみ)を祀る社という.猿田彦大神は,ものごとの最初に出現し,万事最も善い方へ導いて下さる大神で,古事記や日本書紀などにその旨伝えられているそうだ.
そのような立派な神様が氣比神宮本殿に一緒に祀らわれず,このような分院的社に置かれたのはどうしてでしょうね....
氣比神宮長命水
猿田彦神社入り口を過ぎると,石の亀が座る長命水池に出合う.何でもパワースポットとして有名で,この水を飲めば縁結び,子宝安産,武運長久,延命長寿など霊験あらたかな由,それなら飲んでみようかと欲が出るが,コロナ対策で柄杓は撤去してあり,タイミングが悪かった.
拝殿入り口
そのまま参道を進むと左側に拝殿入り口の赤い鳥居があった.木製のようだ.
鳥居からは正面に四角い広場,その先に外拝殿が見えている.なかなかの威容だ.
氣比神宮外拝殿
拝殿入り口鳥居を通り,境内に入り氣比神宮外拝殿前に至る.立派な社で二拝二拍手一拝でお参りする.
外拝殿の奥に内拝殿,その奥に本殿があるようだが,表からは見えない.
境内は通り道は石畳で,他は小石で覆われ庭木周囲は土のようで,とてもきれいだ.
緋寒桜におみくじ
拝殿の左右には回廊が置かれ,授与所や社務所が配されているようだ.そして一画には緋寒桜でであろうか,花が咲いており,脇にはおみくじがたくさん結ばれていた.案内図を見るとこの辺りに「縁結び桜」の絵が載っているが,その絵の桜は花咲かじいさんのように盛大で,目の前の控え目な桜とはかなり違う.やはり春には別の桜が咲くのであろうか.
回廊を外から眺める
参拝が終わり,境内から外に出て,回廊部分を眺めた.どの建物もカールした銅板葺きでしょうか統一的にデザインされ,落ち着いた景観だ.
氣比神宮外には2,3の神社も
上述のように氣比神宮敷地内に猿田彦神社の存在を記したが,駐車場側にもには2,3また別の神社があるようだ.それらは並んで建っており,マップを参照すると右から「角鹿神社」,「児宮」,「大神下前神社」であるようだ.
角鹿神社(つぬがじんじゃ)は「敦賀」という地名発祥の元で,都怒我阿羅斯等命(つぬがあらしとのみこと)を祀り,氣比神宮門神の役目を負っていたようだ.コンパクトだがきれいにまとまった神社だ.
児宮は伊弉冊尊(いざなみのみこと)を祀り,子育ての神,小児の守神とされるそうだ.
写真に入らなかった大神下前神社は大己貴命(おおなむちのみこと)を祀り,特に海運業者の信仰が篤いとのことだ.
SABARで鯖夕食
蒲鉾やさんを覗く
氣比神宮参拝を済ませ,小浜市のレストランに行く手順だった.しかし雨のためどこもそそくさと回って済ませたので予約時間に早すぎた.そこでガイドさん馴染みの蒲鉾やさんを覗くことになった.
蒲鉾やさんは小牧商店で,上述の北陸新幹線工事で元の場を離れ,ここに移ってきたそうだ.写真に宮内庁御用達と誇らしげに掲げられているのでそれにふさわしい製品を生産しているのでしょう.(コロナで他店同様試食等はなし)
SABARレストランで鯖ずくめ夕食
蒲鉾やさんで時間消費し,遠く小浜市に行った.そして期待のSABARレストランに入る.私にはピッタリの鯖ずくし料理だそうだ.SABARレストランの鯖は調理する前,しばらく酒の入った生簀を泳いでいるそうで,それで一層味が良くなるということだ.
そして出してもらったのがこの鯖料理.真ん中は鯖刺し,右は鯖揚げ,左はしめ鯖,その下は鯖の....で,まあ大変美味しかった.今回のツアーでは好きな鯖を多く食べることができて幸せだ.
ところでサバーって仏語みたいだ.ついサバートレビアンと応えてしまいそうな(うそです).またお手洗いに殿サバー,姫サバーとか書いてあるのもおかしかった.
なお若狭国などの小浜藩領内この辺りから京の都に魚介類を運んだ物流ルートは鯖街道と総称されたそうで,名のように特に鯖が多かったようだ.当時冷凍車や冷蔵車はなかったので,塩漬けや〆鯖にしたのでしょうか.都のお公家様でも食べることができなかっであろう鯖刺しをこうしてSABARレストランで味わえれるのは幸せだ.尤もお公家様の中でもどうしても食べたい人は牛車か何かでこちらまで出向いたかも知れませんが....
小浜濱の湯
小浜濱の湯
夕食後同じ小浜市内にある濱の湯に行った.
レセプションでチェックインし,そこで靴をロッカーに仕舞う.そしてそのキーをレセプションで預かってもらい,お預かりカードを渡される.次いで上階のお風呂場に向かう.
普通の大きな浴場
少なくとも普通の大浴場があり,脱衣所で衣類等をそこのロッカーに入れ,キーを腕に着ける.実はこれで2種のキー,一つのカードを扱ったことになるが,これが劣化脳にはややこしく作用し,出てからも一度戻って探したりすることになった.同行者で同じように混乱した人がいたのでいくらか安心した(?)が.
小浜濱の湯の湯
濱の湯の湯は,名水百選に選ばれた「雲城水」エリアの水を汲み上げた井戸水を沸かしたタイプのようだ,なので無色透明でサラサラだったように記憶する.他に海藻エキスを加えた海藻風呂や,男は関係なさそうな美人の湯,漢方薬草風呂,竹炭水風呂などもあるようだ.
それに高温サウナを備えていたのが何よりだった.
こうして福井めぐりは順調に完了した.この後また敦賀市に戻り,フェリーに乗る予定だ.