このアブダビのモスク編では,2018年6月30日朝アブダビのホテル周辺を散歩し,シェイクザイードグランドモスクを訪ね,アブダビの街をバス移動で見物し,ヘリテージビレッジを訪ねて昼食を頂いたときの写真を載せました.
6月30日デュシタニホテルで目覚め,窓を眺める.晴れている,いや決して雲が架かったり,雨が降ったりということはなさそうな気配(先入観だが)だ.ただし大気は霞んでいる.後でガイドRさんに訊くと,細かな砂塵が空気中にあり,汚染ではないとのことだ.
一階のデュシタニレストランに降り,朝食を頂く.いろいろ揃っており,フルーツも美味しかった.
レストランで一緒になった同行者の方と外に出て歩いてみた.
広くいい道だが交通量は疎らで結構なことだ.歩いて横切るのも全然問題ない.
歩道脇や中央分離帯はきれいに芝生が植えられている.枯れ気味のところはもちろんあり,スクリンクラーが回っている.
樹木はこの辺りではヤシ(デーツの実らない普通のヤシ)が多い.やはり乾燥に強いのであろう.
歩いたり,ジョギングしている人,サイクリングの人....いずれも見ない.やはり屋外で運動するのは暑さで危険を伴うのであろう.
この建物壁にあるように,ポートレートに『the Year of Zayed』を添えた看板をあちこちで見かける.
今年2018年は,前アブダビ首長で,またアラブ首長国連邦(UAE)創設者,初代大統領であった故シェイク・ザイード・ビン・スルタン・アル・ナヒヤン(Sheikh Zayed bin Sultan Al Nahyan:1918~2004年)氏の生誕100年に当たるそうだ.そして今年はそれを記念し,UAEのあらゆる年齢,国籍,信条,背景を持つ人々が国際的に参加することを意図し諸行事執り行おうとしているとのことだ.
少し先に開閉ブラインドのあるビルが見えた.太陽が窓の外に見える位置に来ると,その窓外側のブラインドが閉じ,直射光が入らない位置まで離れるとブラインドが(自動的に)開いて,外の景色が見えるということだ.
この写真は順光を受けたサイドのブラインドなので全部閉じた状態だ.左棟中程に一戸だけ開けたブラインドが見える.マニュアル操作で開けて外を眺めているのかも知れないですな.
歩道を歩いているとバス停があり,パラパラと人が降り,近くのオフィスに入っていった.
バスを見ると窓がなく,囚人護送車のように思ったが,Uさんがメッシュ入りガラスですよと,と教えてくれた.なるほど近寄ってみるとメッシュのところからちゃんと(光量は減るが)中が見えていた.こりゃやはり熊谷より暑い国かも知れんな~
歩いていると暑いので適当に切り上げデュシタニに戻った.デュシタニの庭もよく緑が整備され,きれいだ.写真には写っていないが,パーキングエリアにはテント状屋根が張ってあり,車があっちっちになるのを緩和するための策もとられている.
デュシタニに戻り,ロビーに入るとこの人がコーヒーを入れてくれました.多分アブダビの正装であろう白いオバQ服はここUAE辺りではカンドゥーラと呼ばれ,また頭の白布はクゥトラ,黒い紐状輪っぱ(二重巻き)はアカールと呼ばれるようだ.同じアラブの国と言っても,こうした装束の呼び方は異なるようだ.
濃い口ひげ,あごひげはアラブ世界ではデフォルトだ.これがないとまあマズイことになりそうだ....
いずれにしても,一日に何度も着替えて真っ白さを保つと聞いた.また生地は日本製が圧倒的人気があり,特に高級品は東洋紡,シキボウ,東レ子会社の一村産業等のシェアが大きいそうだ.
男性の真っ白に対して女性のアバヤが真っ黒一色なのもまた極端なものですね.国によってはスカーフ(ヒジャーブ)は黒に限定されないが,一方ニカブのように目だけ出すタイプ限定の国もある.
金色のアラビアンポットがゴージャスで,ここから濃いコーヒーを注いでくれた.ごちそうさまでした.
私達はバスでシェイクザイードグランドモスクに向かった.アブダビのガイドRさんもここから同行だ.途中シェイクザイード年の大きなForever in our heartsのポスターを掛けた建物を通過した.
それにしてもこのような巨大なものを曲面のガラス窓によく取り付けたものだ.
セキュリティチェック,ドレスコードチェック(例えば,男でもショートパンツは不可)を通り,グランドモスク敷地に入った.すると目の前に巨大で真っ白なシェイクザイードグランドモスクが現れる.先ずはその眩い白さと巨大さに圧倒される.
モスク前には池が水を満たし,その真中の道から正面入口に入るようになっている.そして入ったところに靴棚があり,ここで裸足(靴下)になり,内部を歩いて回る.
正面入口付近から中庭を望むと四角い中庭とその周囲を巡るアーチで支えられた回廊が見える.
さてこのシェイクザイードグランドモスクであるが,上述のUAE建国の父,故シェイクザイード(Sheikh Zayed)の名を冠したものだ.
当時シェイクザイード大統領が,イスラム世界における歴史的,また現代の芸術文化的多様性を結びつけた構造物を,との発案で,シリアの建築家ユゼフアブデルキー(Yousef Abdelky)によって設計され,1996年に着工,2007年に竣工したそうだ.総工費はUS$545,000,000と出ているサイトがあったが,60,000,000,000円(600億円)くらいになるかな.現物はもっともっとかかっているように見える.
さて起案したシェイクザイード大統領は残念ながら竣工前の2004年11月2日に没したため,これを見ることができなかった.そして当グランドモスクで執り行われた最初の国事式典はシェイクザイード氏の国葬だったそうである.また同氏遺体は本モスク一画の霊廟に埋葬されているということだ.
広いグランドモスクの中庭は大理石で,色石の花模様で象嵌されている.実に大きな模様で素晴らしい.中庭は17,000m2の広さがあり,世界最大の大理石モザイクになるそうだ.
ミナレットは写真の2本を含め合わせて4本あり,107mの高さがあるそうだ.
またドームは全部で82個あり,いずれも大理石製という.ガイドRさんのお話ではモスク全体的に見て内側の石はイタリア産,外側の石はクロアチア産ということで,ドームは外側になろうか.
ぐる~と巡らされた回廊も美しい.柱の頂は金メッキされ,柱や床は花模様で象嵌されている.
柱は回廊や礼拝室など全て含めると1096本に達するそうで,何もかも大理石製という.
これは壁だったか柱だったか,大理石に象嵌された花模様だ.葉や花びらには陰影やグラデーションがあり,またとても細かい模様だ.そしてこれが特別の場所に一つだけあると云うのではなく,いたる所に施されているのだ.圧倒される.
なおかつてアブダビ沿岸特産だったパールも,歴史を刻む意図で象嵌され,またラピスラズリやアメジストなども使われているということだ.
礼拝堂は7,000人収容の主礼拝堂,1,500人収容女性用礼拝堂,同じく1,500人収容サブ礼拝堂の3つがあるそうだ.これで1万人くらいであるが,回廊や中庭など外部で3万人礼拝可能で,金曜礼拝などでは合わせて4万人余集うことができるそうだ.
入り口右側に礼拝時計が架けられているが,普通のディスプレイで,アラビア文字やアラビア数字で適宜切り替わりながら表示されていた.
礼拝堂には7つの大きなシャンデリアが吊るされている.すべてドイツ製で,中央に吊られた最大のものは直径10m,高さ15.5m,重さ12トンあり,スワロフスキー(オーストリア)のクリスタルガラス,24金コーティングフレームや色付きのムラノガラス(ベネチアングラス)などで豪華絢爛,ピカピカだ.
なおこれを吊り下げているメインドーム(直径32.8m,高さ85m)内側は淡い色あいの細かなアラベスクで,控え目にしてなかなか美しい.
また写真正面,人形金色の窪みがミフラーブで,メッカの方向だ.皆この方向に向きお祈りする.またその周辺の壁にはかなり斬新なデザインのアラベスクレリーフが描かれ,さらに電飾(このときは点灯していない)も付けられているようだ.
礼拝堂は,普通そうであるように,ここもカーペット敷きだ.そしてそれはイランの小村で1,200人の職人さんが手織りで2年費やしたというペルシャ絨毯だ.その大きさは5,627m2の広さ,重さ9トンもあり,世界一ということだ.織られた絵柄は花や草木が主である.値段にすると9億円ほどになるそうな.
ところどころにある窓の装飾もきれいだ.部分的に彩色され,シャープに抉られた幾何学模様が刻まれている.これもムラノガラスでしょうか?すばらしい.
引き上げる際,出口近くでも一度眺めた.見返りモスクではなく,見返るモスクだ.いや~とにかく圧倒的美しさとボリュームだ.
シェイクザイードグランドモスクを出て,バスでアブダビ市内を走った.
少し行くと傾いたビルがあった.地震で傾いたのではなく,傾けた設計なのだそうで,18度傾斜しているという.
多分機能上傾けたのではなく,目立つために風変わりにしたのであろう.実際見ると,な,何なんだ,と思わずにはいられない.
データを見ると,キャピタルゲート,35階建てで,18度の傾斜はピサの斜塔の4倍余り傾き,ギネス認定の傾斜度とか.
この辺りのヤシの木はデーツの実るタイプだ.ちょうど実る季節のようで,枝の下にたわわに実を下げている.またデーツの実は大きなネットで覆われている.他国でこのように覆われたデーツは見たことなかったので何故か訊いてみた.すると,小鳥が啄むので,その保護ということだ.
戸建て住宅が多いエリアを通過した.国旗など見えるので大使館,それにやはりお金持ちの多いエリアかな.
道路標識にこのように長い名の王様通りが見えた.引いてみるとAbdullah bin Abdulaziz Al Saudとはサウジアラビアのアブドラ前国王とのことだ.なるほど.
通りの名前に同盟国とか友好国の代表的人物の名を冠する習わしがあるのでしょうね.
右側茶色い低層ビルが超豪華7つ星ホテル『エミレーツパレス』だそうだ.
5つでも想像に難いが,それが7つとは.....名のように宮殿のようだとか.
そして左側高層ビルの一つはアブダビ中央銀行,もう一つがエティハドタワーだったかと思う.
どうやらこうした近代高層建築の並ぶ光景が,アブダビの普通の街の光景なのではなかろうか.
道路は整備され,ラッシュはあまりなく(朝夕は不明),歩く人は疎らで,かなり無機質的香りで.....といった印象だ.
石油で繁盛する前のアブダビは,細々と漁業や真珠養殖を生業とする寒村(暑いですけど)が点在する国だったそうだ.そして私達はランチのためそうした昔を偲ぶべく保存された村にやってきた.ぐっと小規模な明治村といったところか.
私達は小さな湾を望むAl Asalahレストランに入った.湾の対岸にはヘリテージビレッジとは対照的な近代建築が並んでいる.
私達はちょっとヘリテージにふさわしい雰囲気のインテリアに包まれた店のテーブルに着いた.若干暗めだったかも知れない.
バフェスタイルのお店なので,自らお皿に生野菜や調理された食べ物を装う.
昔を偲ぶ小さな木造漁船が浜辺に置かれていた.まあ昔は細々と魚を捕って生計を立てていたのが,石油産業の急速な発展で,完全に変わったことでしょう.前述エミレーツパレスホテルはごく近くで,まさに環境は急変したことであろう.
また湾向こう岸はコーニッシュ (Corniche)地区で長いビーチや,陸には公園や林立する近代的なビルやホテルが立ち並び,アブダビ随一のウォーターフロント地区ということだ.
何軒かのテント家が並んでいる.テントは結構粗い目の布地で,ある程度風と陽を通すようになっている.できれば陽は遮断し空気だけ通したいのだがそうも行かず,その兼ね合いで織っているのであろう.
また家畜小屋もあり,こちらは金網の壁で風通しが良い.
家畜小屋にはラクダがしゃがんでいた.今は用事がないのでこうして休んでいるのであろう.
他には確か羊もいたと思う.
ヘリテージビレッジには昔風お土産店もあった.絵葉書や婦人用アラビアンワンピースなど扱っている.
さて次はルーブルアブダビに向かう.