ジェイタ洞窟Jeita Grotto

このジェイタ洞窟編では,2018年6月26日カディーシャ渓谷を下った後にジェイタ洞窟を訪れ,上部岩床の鍾乳洞,下部水上鍾乳洞の付近の写真,そこからベイルートのルブリストルホテルに行ったときの写真を載せました.ただ洞窟内は撮影禁止なので肝心な写真なしが寂しい.

ジェイタ洞窟Jeita Grotto

一旦ジュベイル(Jbeil)の辺りへ出る

一旦ジュベイルの辺りへ出る

バスはカディーシャ渓谷を下った後,一旦ジュベイル(Jbeil)の辺りまで南下した.ジェイタ洞窟へはこの辺りから東の内陸,山間の地にあるのだ.大した距離ではなく,直ぐそこの筈だ.


直ぐに山間になる

直ぐに山間になる

海岸に沿う平地道路から東に入ると予想通り直ぐに山間の地になった.こうした場所にも住宅は多く,ガイドEさんのお話では地下鉄も無いし,バスもないので,普通自ら運転するか,或いはタクシーになるという.バスはベイルート付近平地の幹線には走っているが山の方までは行かないそうだ.Eさんご自身ベイルートの丘の上の自宅から出かけ,戻るときはやはり自家用車かタクシーになるそうだ.


ジェイタ洞窟駐車場に到着

ジェイタ洞窟駐車場に到着

ジェイタ洞窟駐車場に到着した.バスや車の駐車数は多くなく,この分では混み合っていることはなさそうだ.

正面の丸みを帯びた山の肌を見ると,樹木が斑状に生え,鍾乳洞のできやすいカルスト地形のように見える.多分そうであろう.


ロープウエイで上部岩床の鍾乳洞入り口へ

ロープウエイで上部岩床の鍾乳洞入り口へ

駐車場から歩き,ゲートで切符をかざしQRコードをスキャンし,ロープウエイに乗る.終点に上部岩床の鍾乳洞入り口がある.

ロープウエイは旋回式ではなく,単に2組の(もしくはループ状1本の)ロープがそれぞれ往復するかなりプリミティブなものだ.各ロープにはまとめて4つのゴンドラが吊られている.旋回式だと,駅のところでスピードを落とし,駅間では速度を上げる複雑な構造が必要だが,その点往復式は簡単で,輸送能力が大して要らない(混み合ってない)ここでは正解であろう.


上部ゲートを通り,ジェイタ上部洞窟へ

上部ゲートを通り,ジェイタ上部洞窟へ

上駅に着くとゲートがあり,その前にロッカーがあり,カメラなど入れる.そして切符を見せて,中に入る.


ジェイタ上部洞窟の絵

ジェイタ上部洞窟の絵

二層ジェイタ洞窟の上部鍾乳洞に歩いて奥まで750m歩き,そして同じ道を戻った.内部は通年22℃ということで適温だが,湿度は高めかも知れない.

撮影できないので切符に印刷されていた絵を右に載せた.上層は広い空間で長い鍾乳石や石筍が多く,トレイルも多少アップダウンがあり楽しい.下層はモーターボートで往復するが,鍾乳石は疎らで大したことがない,2層構造自体が珍しいのではなかろうか.

添乗Hさんノートによれば,この洞窟はアメリカ人トムソンが1836年に発見し,上下2層合わせて10kmの長さがあり,私達の入れるのは上が750m,下が500mということだ.

また鍾乳石や石筍は炭酸カルシウム(CaCO3)を方解石として晶出したもので,白いのは炭酸カルシウムのみだが,赤味を帯びているのは鉄分(Fe),黄色味帯びているのは硫酸( H2SO4)を含んでいるということだ.


ミニトレインで下層鍾乳洞へ

ミニトレインで下層鍾乳洞へ

上部洞窟見物後ミニトレイン(電動カート)で下層鍾乳洞に向かった.比較的家族連れのお客さんが多そうだ.


下層鍾乳洞近くの時の番人像

下層鍾乳洞近くの時の番人像

下層鍾乳洞近くにこのような大きな像があった.『時の番人』と呼ばれるそうだ.鍾乳石のような色あいで,肘辺りには何やら鍾乳石風つららが垂れ下がっている.


ジェイタ洞窟下層鍾乳洞を見物し戻る

下層鍾乳洞を見物し戻る

下層鍾乳洞は水が流れ,電動モーターボートで巡った.気温は17℃で涼しい.水位は上下するらしい.入った後に上昇すると,最近起こったタイの洞窟事故のようになりかねない.一通り中までで見物し,そして戻った.


層鍾乳洞出口の骨董屋さん

下層鍾乳洞出口の骨董屋さん

鍾乳洞から見つかったとか,鍾乳洞と関係するのかどうか定かでないが,出口に骨董(品風)お店があった.平べったい器は体に纏い,下端が尖った壺は地面に刺して使うのでしょうか.


ジェイタ洞窟駐車場まで歩く

駐車場まで歩く

下層鍾乳洞出口から駐車場までシャトルバスが通っているそうだが,僅かな距離なので歩くことにした.途中はいろいろな木立があり,なかなかいい道だった.


ジェイタ洞窟ロープウエイ下駅を通過し駐車場に到着

ロープウエイ下駅を通過し駐車場に到着

ジェイタ洞窟ロープウエイ下駅を通過した.もう遅い時間のためか並んでいる人は見えない.全般にレバノンの観光地は混み合っていないのがいい.そして駐車場に到着し,ジェイタ洞窟見物は完了した.


ルブリストルへgo to Le Bristol hotel

ベイルート市内に入る

ベイルート市内に入る

ジェイタ洞窟を出てバスはベイルート市内に入ってきた.写真は店名がアラビア語で読めないが,Sのロゴとvalue you can trustの文字から,スーパーマーケットであろうか.公用語はアラビア語だが,英語もかなり使われているようだ.元宗主国のフランス語はどうなんだろう.

ベイルートは人口約180万人で商業,銀行や金融の中心地.キリスト教徒(マロン典礼カトリック,ギリシャ正教,アルメニア正教,アルメニア典礼カトリック,ローマカトリック,プロテスタント),イスラム教徒(スンニ派,シーア派,ドゥルーズ派)などに分かれ,中東で最も多様な都市とされるそうだ.

またかつて相当数居住したユダヤ人(や富裕層)は1975年~内線開始と共に,大半が米に移住したそうだ.

1975年~1990年内戦で,ベイルートは主にモズレムの西部と,主にクリスチャンの東部とで対立し,西部が主戦場になったそうだ.ただし西部は広範囲で内戦以前からレバノンの中心,繁華街で,内戦終結から28年経た現在かなり復興されたようである.

ところでドゥルーズ派はキリスト教マロン派と最も激しく対立した宗派だそうだ.同派はシーア派の分派イスマーイール派のさらに分派で,1日5回の礼拝やラマダン,メッカ巡礼は行わず,教義が一般のモズレムとは著しく異なるらしい.またイスラエルでは他のアラブ人(寝返り恐れありで兵役なし)と異なり,兵役に就き,自治と裁判権が認められているとのことだ.


住宅は山まで続く

住宅は山まで続く

ベイルートは大都市であるから集合住宅が多い.住宅は山まで続くが,前述のようにバスとかの公共交通機関がないので,車は必須だそうだ.ただ車の関税は非常に高いため,ヨーロッパの中古車輸入やリサイクル販売が盛んということだ.

ところでベイルートは中東のパリと呼ばれることがあるそうだが,かつての宗主国フランスのエトワール凱旋門からの放射状道路に倣ったエトワール広場の通りがあったり,また欧風建物が多いことによるものらしい.


ベイルート港

ベイルート港

バスは一方通行制限があるためであろうが,ベイルート港近くも通過した.グレイの艦船のような船体が見えるので,ガイドEさんにレバノン海軍の船か訊いてみたら,いやUNの船舶ですということだった.やはりまだ国連の監視が必要なのでしょうか.

1990年内戦は終結したが,2006年7月レバノンシーア派系組織ヒズボラによるイスラエル国境侵犯攻撃で戦争が始まり,これを受け,イスラエル軍がヒズボラをレバノン領内に追跡侵攻し,さらにる南部の幹線道路,発電所の空爆,ベイルート港は海上封鎖,停戦監視に当たっていた国連レバノン暫定軍施設への爆撃....と続き一時停戦.その後地上戦再開,ベイルートの一部空爆....ようやく国連の停戦決議を受諾し停戦.以来国連監視団が居るということであろうか?


ルブリストル(Le Bristol)ホテルにチェックイン

ルブリストル(Le Bristol)ホテルにチェックイン

やがてバスは狭い通りに入り,ルブリストルホテル前に停まった.バスが停まると他の車の往来に支障を来すくらい狭い通りだ.多分上述の内戦で西部とされたエリアになるのでしょうか.

そしてX線スキャナを備えた入り口で,別に怪しい者ではないのでX線の脇を抜けてレセプションに至る.(怪しい者はもちろん避けて通過するであろう)

前日のホテルとは天地の差で,5☆というきれいなホテルだ.


ルブリストルのバースペース

ルブリストルのバースペース

ルブリストルのロビーは広くないが,奥側はピアノが置かれ,ドガ風油絵が架かるバースペースになっており,カウンター先棚には酒瓶が並んでいる.少なくともイスラム系ホテルではないようで安心できる(酒類自由の意).

Golden Roomの矢印看板が見えているが,ここはメインのレストランで,朝食を頂くことになる.また夕食のレストランはその左(手前側)になるが,これら2つのレストランは実は繋がっている.


ルブリストルの部屋

ルブリストルの部屋

私の部屋は2階にあったが,中庭に面していた.つまり2階に中庭があるようである.

部屋はきれいなツインルームで,フルーツバスケットを置いてくれていた.後でテデイベアも届けてくれた.部屋によってはチョコレートも届いたという.こうしたサービスにバラツキがあるのが中東らしいと云うことだった.

またwifiも問題なく,TVも最初のチャンネルがアラビア語放送ではなくCNNに設定されているのは親切だ.なおwifiは今回宿泊した3か所どこでも備え,中国のように遮断されるサイトがあるといったことはない.


ルブリストルのバスルーム

ルブリストルのバスルーム

もちろんバスタブがあり,中東では標準的な手動シャワートイレを備えている.

私の部屋は問題なかったが,停電でドアロックが故障し,深夜別の部屋に移動したり,排水管詰まりの部屋があり修理したが不完全で,部屋が満杯で移動もできない,などのトラブルもあったそうだ.お気の毒だった.


ルブリストルで夕食

ルブリストルで夕食

時間になりルブリストルの左側レストランに降りた.まだ日暮れ前で,窓からは例の狭い通りが覗けた.


お誕生祝いの花火

お誕生祝いの花火

今回ツアー期間中にお誕生日を迎える人が二人居るそうだ.そして添乗Hさんからお祝いの花火とケーキがプレゼントされた.キャンドルでなく花火というのは初めてお目にかかったが,景気付けにはもってこいの演出だ.


私はステーキ

私はステーキ

最初半地下のサラダバーで装ってきて食べ,そして私はステーキを選んだ.ミディアムレアで焼いてもらって出してくれたのがこれだった.いや~指定通り焼いてもらえてとても美味しかった.

なお焼き方を指定しないと,デフォルトはウェルダンのようで,そうなると悲劇的なので要注意だ.

焼き方を指定しても,そうはならない国(例えば米)もあるがここは正確だ.大変気に入ったので次の晩またここで食べるとき,再びステーキにしたのだった.



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