ブシャーレ杉保護区Bsharri cedars forest

このブシャーレ杉保護区編では,2018年6月26日同保護区を訪れレバノン杉を眺めたときの写真を載せました.

カディーシャ渓谷をどんどん上る

カディーシャ渓谷をどんどん上る

標高1,450mのブシャーレ町からさらにカディーシャ渓谷沿いをどんどん上った.山道なのでカーブが多く,仮に曲がり損なえば崖下に転げ落ちそうなところも多い.

なおカディーシャ渓谷とは地名だが,元は聖なる渓谷の意らしい.そして,レバノン杉の森と共に『カディーシャ渓谷と神の杉の森』(Ouadi Qadisha (the Holy Valley) and the Forest of the Cedars of God (Horsh Arz el-Rab))として1998年世界遺産ロゴ世界遺産(文化遺産)登録されている.


ブシャーレ杉保護区駐車場に到着

ブシャーレ杉保護区駐車場に到着

バスはブシャーレ杉保護区駐車場に到着した.標高は1,950mくらいで,グーグルマップを見るとこの森にはCedars of Godとの又の名が付されており,やはり杉は特別な存在なのであろう.

そして入り口に向かって歩くと,早速お土産屋さんの並ぶ辺り,レストランの前に大きなレバノン杉が生えていた.この保護区には375本のレバノン杉が生えており,樹齢3000年を超えるものが3本で,その中の一本がこのレストランの木だということだ.屋久島の縄文杉も相当樹齢の長いものが存在するが,枝が少なくなり内部が空洞化しているのが多い.一方このレバノン杉は枝もしっかり伸びたままで,内部も大丈夫なようだ.


ブシャーレ杉保護区入り口の礼拝堂

ブシャーレ杉保護区入り口の礼拝堂

この保護区入り口に聖母子像を祀った小さな礼拝堂があった.保護区はブシャーレの範囲にあるので,マロン派の礼拝堂であろう.積まれた石灰岩(多分)ブロックの織りなす僅かづつ異なる淡い色あいモザイクがきれいだ.

ところでマロン派信徒はレバノンで数多くあるキリスト,イスラム諸宗派で最大多数派であるそうだが,他国にもおり,例えば日産自動車カルロスゴーン会長はブラジル生まれ(両親はレバノン人)で,ベイルート,パリで教育を受け,レバノンとブラジルとフランスの多重国籍を有するマロン派クリスチャンということだ.


レバノン杉の森に入る

レバノン杉の森に入る

そしてレバノン杉の森に入っていった.枝葉が茂る大木が群生し,見事だ.レバノン杉は同国国旗レバノンの国旗にも描かれるレバノンを代表する存在,象徴なのだ.

ところでレバノン杉(Lebanon cedar,Cedrus libani)と杉の呼称が付いているが,木の形や少し下向きに傾斜する枝の張り方は松に近い.分類ディレクトリを見ると,マツ目/マツ科/ヒマラヤスギ属/レバノンスギ種,ということになるのだそうだ.まあ恰も愛犬にポチとかハチ公ではなく,『ネコ』と名付けたようなものであろう.

なお似たものとしてヒマラヤのヒマラヤ杉(マカルー麓ヤクカルカ3,600mにて)はその一つであろうが,こちらはマツ目/マツ科/ヒマラヤスギ属/ヒマラヤスギ種で,やはり耐久性,難腐敗性に優れ,寺院建築などに重用されてきたようだ.またネパールの山村では下側の葉っぱを刈り取り,牛の餌にしていることもある.

さらにアトラススギも仲間であろう.アトラス山脈のアトラス杉(モロッコのアトラス山中2,178mにて)はマツ目/マツ科/ヒマラヤスギ属/アトラススギ種ということだ.こちらも乱伐され少なくなっているが,幸い成長が早く,大木となる年数はレバノン杉より短いようだ.こちらも建材としての需要が高く,古代ローマ時代に多く伐採され減少したそうだ.そこで近年モロッコやアルジェリアでは植林で維持しているということだ.


ヴィクトリア英女王支援の石垣

ヴィクトリア英女王支援の石垣

保護区の周囲には人や害獣の侵入を防ぐためであろうが石垣で囲まれている.ヴィクトリア英女王支援で築かれているそうだ.かつて英政府が推進した鉄道建設で,枕木,さらにSL燃料として多く伐採した歴史があり,その代償として保護に努めたいということだ.


レバノン杉の森は続く

レバノン杉の森は続く

レバノン杉の森は続いた.トレイルは良く整備され,とても気持ちよく歩ける.

レバノン杉は旧約聖書の詩編辺りに....主の御声は杉の木を砕き,主はレバノンの杉の木を砕き,レバノンを子牛のように....などと記されているそうだ.

また実際古い時代から登場し,現物は残ってなさそうだがノアの方舟(一応エチミアジン大聖堂に破片残るが....),フェニキア人の交易船舶,長さ43mのクフ王の船,アレキサンダー大王の艦隊船舶など耐水性を活かした造船,ツタンカーメン王の椅子や人型棺,ソロモン王の神殿,ペルセポリス神殿など強度と防腐性,防虫性の活かした諸物,それに樹液のミイラ造り,アロマセラピーへの利用など....等々多用され,多くが伐採されたそうだ.

そしてローマ以降になるとさらに交易は進み,それに連れどんどん伐採も多くなったようだ.


大きなレバノン杉

大きなレバノン杉

これも大きなレバノン杉だ.3000年杉3本の中の1本であろうか.レバノン杉は成長が遅く,1年で5cmしか伸びないそうだ.それに実(松ぼっくり)を結ぶのは4年毎の秋で,こうした生育が疎であることも乱伐に加えた急減の要因になっているという.

なお実を結ぶのは4年毎というのは,全部の木一斉にではなく,個体毎に別の年それぞれ4年毎の秋に,ということだ.


レバノン杉林の中のマロン派教会

レバノン杉林の中のマロン派教会

林の中の一角に,名前は失念したが小さなマロン派教会があった.前日ここで結婚式が執り行われたそうだ.Cedars of Godの名のついた林の中であるので,まさに結婚式にはふさわしかろう.


林の中のマロン派教会礼拝堂

林の中のマロン派教会礼拝堂

教会の入り口を覗き込んでいると,明かりを灯し礼拝堂に招いてくれた.主祭壇中央にはキリスト像が,左下にはマリア像,右下にはキリスト抱いた聖ヨセフか?とにかく男性,の像があった.コンパクトながら全般に落ち着いたデザインの美しい教会だ.


落雷で枯れたレバノン杉

落雷で枯れたレバノン杉

少し上った先に落雷で枯れてしまったというレバノン杉があった.枯れても立ったままでなかなか倒れないようで,砂漠の胡揚の木のようだ.さすがここは雪や風雨の強い山中で無理であろうが,クフ王の船保管のような地であれば持つであろう.


枯れ木に刻まれたイエスキリストの磔刑

枯れ木に刻まれたイエスキリストの磔刑像

雷に打たれたレバノン杉にはいくつかの彫刻が彫られており,このイエスキリストの磔刑像はその一つだ.木の下に解説板があったのだが,仏語で読めない.で,Hさんの解説もあったのだが,仏アーティストが.....う~ん,思い出せない.


ブシャーレ杉保護区の花

ブシャーレ杉保護区の花

ブシャーレ杉保護区には幾種類かの花を見かけた.これはポピーの仲間であろうか,可憐だ.


シャーレ杉保護区のお土産屋さん

シャーレ杉保護区のお土産屋さん

シャーレ杉保護区を周り,ゲートに戻ってきた.ここから駐車場までの間にはお土産屋さんがずらり軒を並べている.やはりレバノン杉に因むものがいいと思う.

正面上は枯れたレバノン杉をスライスし,レバノン杉の絵をあしらったペンダント,いやバッジか.そしてその背後はもっと大きな枝をスライスした壁飾りで,文字も加えられている.

下奥側のラグビーボール形がレバノン杉の種子で,4年費やしてこの大きさになり,秋に落ちたものという.普通の松かさはウロコ状小片で凸凹に覆われているが,レバノン杉種子は凸凹無く,かなりスラリとしている.落下した種子はこうしたお店の商品として直ぐに拾い集められるので保護区内のトレイルに落ちていることはまずないということだ.

下の緑はレバノン杉の苗.これは芽が出てから2年くらいの若さであろうか.もっと大きな鉢植えのものも売られているが,車で訪れた人が庭木用に買っていくのであろう.


3000年レバノン杉袂のマリア像

3000年レバノン杉袂のマリア像

行くとき見たレストランの3000年レバノン杉の脇を通った.大木の袂にはマリア像が祀られていた.

さてこれでレバノン杉は堪能できた.この保護区には375本,ここ以外にあと2箇所保護区があり,全部合わせて1200本しかないという.いや~ほんとに僅かですね.長いフェニキア国家の歴史を支えてきた大資源が何とか継続できるよう願いたい.

周辺産油国の多くは石油資源で国家が豊かに維持できているのが実情であろう.だがフェニキアのレバノン杉資源の期間と比べればまだ圧倒的に短く,この先も化石燃料故に然程長く持つとは限らない,と言われている.その点レバノン杉は生物資源なので,大変ではあるが回復の期待は持てるのではなかろうか.



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