このパヤクシート往復編では,パヤクシート付近のGoogleマップ,2017年8月2日パヤクシートに行くとき,ヤシュピルトに戻るとき,ヤシュピルトの午後の写真を載せました.
コロコロで拡大/縮小,ドラッグで移動可能.
さて8月2日朝,ヤシュピルト16で目覚め,パヤクシート17を往復した.
この日のログは
歩行時間:3:10hr
休止時間:1:05hr
歩行距離:9.1km
終点標高:3,285m
だった
さて8月2日の朝が来て,テントサイトにも陽光が射してきた.私達のテント西にテントを張り,一泊していた,ガイドを伴った長髪の独青年は既にテントを畳んで出発したようで,空であった.
私達は朝食を頂くと,パヤクシート行きの準備(靴の紐を締めるくらいだが)をした.
頃合いになり,私たちは真西に位置するパヤクシートに向け出発した.トレイルはバトゥーラ氷河左岸に沿うモレーンやアブレーションバレーを通ることになるようだ.
平坦でかなり広いアブレーションバレーがあった.丈は低いが草地で,ヤシュピルトと同じように放牧地として活用されているのではなかろうか.
そのうち土砂崩れで,元は草地だった場所が土砂で覆われ,草が全くなくなったところも通過した.とても乾いた土地であるが,稀に豪雨が襲うことがあるのだそうだ.そう言われれば,カンピレディオール山の『老婆の山』伝説が思い出される.伝説には僅かながらも一部真実が含まれているに違いなかろう.
バトゥーラ氷河サイドモレーン上のトレイルもあった.大きな石がゴロゴロしている.
サイドモレーンから眺めると,波打つ黒氷河,その先に白氷河,更に先にまた黒氷河と,これまで眺めたバトゥーラ氷河と同じだ.ただ手前黒氷河を些細に眺めると,多数白くクレバスが口を開けており,横断は相当難しそうに見える.
区間は僅かでまた落差も小さいが,一応土砂崩れ領域もあった.パヤクシートまでは大した距離ではないのだが一通りトレイルのバリエーションを見せてくれる.
やがてバレーを流れる川沿いを歩くようになった.木立もあって爽やかな通りだ.
先方にはバトゥーラウォールが立ちはだかっているが,あいにく頂き部には雲が立ち込めてきたようだ.
浅いが比較的広い流れの小川が走る場所になった.ここがパヤクシートのエリアになるそうだ.
真正面の山は無名峰で,その麓は右側から流れ来るバトゥーラ氷河本流と,左側バトゥーラ山塊から流れ落ちる白い氷河の出合いになっている.左側白い氷河(支流の一つ)はバトゥーラ第一氷河と名付けられているそうだ.
小川を跨ぎ,モレーンに上るとパヤクシートが俯瞰できる.樹木は生えているが,草は見えない.ここも豪雨で冠水し,草がやられたのであろうか.
ところでパヤクシートには『ピンクの木』の意があるそうだ.しかるに現在樹木は緑だが....晩秋に色づくのであろうか.
添乗Nさん提供の余興アイデアで,モレーン登頂,バンザ~イ(アハハハ)のひとコマ.
これまで旅行社ロゴフラグでのショット経験あるも,日の丸は意表を突くアイデアだ.も一度アハハハ
バトゥーラ第一氷河も十分に眺め,戻りにかかった.広く平らなパヤクシートの一画に巨大な岩が転がっているが,上から落ちてきたものであろうか.
私達が歩いた日々は殆ど雨らしい雨は無かったが,雨が続くときは危ないかもしれない.
戻る途中黒いヤギ(写真左)を背負った二人の青年,共に私達のポーター,に出会った.前日でニワトリは食べ尽くしてしまったので,今日からはヤギ肉にしてくれるための仕入れだそうだ.どちらかかの青年家族がパヤクシートよりさらに奥の放牧地でヤギを飼育しており,どうせ仕入れるならそこで仕入れようとなったそうだ.
ところで私は(カナ)ジーのくせに主婦感覚を備え,食肉のプライスには関心がある.後日ガイドAさんに伺って以下のような相場と聞いた.kg単位なので,マックスバリュー,イトーヨーカドー辺りと比べてかなりお買い得だ.
種類 | 1kgの価格 | 円換算1PKR=\1.037 | 註 |
---|---|---|---|
マトン | 900ルピー | 933円 | |
ビーフ | 600ルピー | 622円 | |
ヤギ | 900ルピー | 933円 | 一匹は35,000ルピー |
チキン | 200ルピー | 207円 |
イスラム圏ではマトンがビーフより高いのはよくあることだが,ヤギ肉も同じくらいの値段なのは少し驚く.
往きと同じトレイルなので概ね見覚えある景色を眺めつつ,ヤシュピルトまであと少しの地点まで戻った.戻ったら昼食を頂くことになっている.さて何かな~
パヤクシートから戻るとダイニングテントで,豪華天ぷらに麻婆春雨のランチを頂戴した.
そしてダイニングテント入り口には添乗Nさんの用意した風鈴まで架けられ,涼を誘う.またもたらふく食べた.ごちそうさまでした.
そのうち雲低くなり,さては『風雲急を告げる事態』か?と感じさせられる.
そして実際風が強くなり,とりあえずテントの中に入り,体重で支えてテントが飛ばないようにと指示される.その通り指図に従い,外ではスタッフの皆さんがペグの上に重し石を載せたり奮闘してくれている.
テントごと飛ばされたら,UFOみたいな体験ができるかな~と半ば期待したが,そのうち風は治まってくれた.
なおテントが飛ばされた場合,所定の石室に行き,夜明けを待つようにとの案内も出された.とてもUFO....どころの話ではなく,これで夢から引き戻された.
一方大きなダイニングテントは屋根と壁の大きな構造で,底(床)はなく,強烈に煽られ,吹き上げられる.そしてポールは折れ,シートも破れ,廃棄された.またその入口に下げてあったガラス製風鈴(上の写真)も残念ながら破損してしまったという.
風が治まり,静かになった.そこにドドドドッと,すわっ雷鳴かと思われる大音響が鳴り響いた.表に出るとヤクが山の方から駆け下りて,このテントサイトに降りてくる足音だったと知る.それにしても迫力ある音だった.
ここは3,302mと,普通ヤクが生息するには低すぎるような気もするが,夏の長い期間過ごすなど順化しているのであろうか.
ポーターの皆さんは今日一日暇で,時間を持て余していたようだ.解ります.
そしてなお余力を残した皆さんはカードゲームに興じている.ネパールのポーターの皆さんと似ている.ただ仏教徒のシェルパ族などネパール高所族と違ってイスラムでは賭け事は許されないので,純粋にゲームを楽しんでいるのだと思う,多分.
ヤシュピルト二泊目の夕食は和風カレーにヤギレバーのソテー,和風ピザ,いやお好み焼きなどだった.何れも美味しく,ちょっと食べすぎた.
ただどうした訳か,小さな虫が大量にテーブルに寄ってきて難儀した.蚊取り線香のように乾燥牛糞を焚いて煙を送ってもらったが,何しろテーブルは広い大地の中に据えられており,言わば焼け石に水的効果が精一杯だ.ただそのご努力には感謝の気持ちでいっぱいだ.
さてこうして8月2日は暮れていった.明日はいよいよ再びユンズへ下る日だ.