グルジアGeorgia

アルメニアの北の国境からバスで越えてグルジアに到着した.さてグルジアとはどんなところか.

地形

山間のアルメニア国境を越えると,うそのように広い平原が見えてくる.これには正直驚嘆した.またそこに建つ農家にはテラスがあり,カラフルで,アルメニアと比べて圧倒的に豊かな国を予感させる.実際にどの程度違うかよく判らないのであるが.....またこの国境を越えた辺りの住民は,グルジア人ではなくアゼルバイジャン語を話す人々,つまりアゼルバイジャン人だとガイドのディービッドさんが話した.どうやらアゼルバイジャンとの関係は悪くなさそうだ,と思った.

コーカサス(カフカス)山脈の南麓,黒海の東岸にあり,北側にロシア,南側にトルコ,アルメニア,アゼルバイジャンと隣接する.カスピ海には接していない.カスピ海に接していないにも拘わらず,グルジアヨーグルトをカスピ海ヨーグルトと称して売り出した日本人はすごい!勿論地元でカスピ海ヨーグルトなる言葉はないそうである.

筆者の見た範囲では平原が結構多かったが,国全体を見渡せば,グルジアもまた山の国であるようだ.ただ,北のコーカサス(カフカス)山脈,南のリチ山脈に挟まれたところは平地が黒海から東に大きく広がっているのも確かだ.

ディービッドさんが話すに,グルジアは山も海も砂漠もあり,今後観光で大きく発展しそう,ということだった.ヨーロッパ最高峰エルブルス(5,642m)もあるし,コーカサス山脈の大半は未踏峰で,登山客なども多くなりそうだ.

気候

コーカサス山脈は北方からの寒気団の流入を阻止しているので,山地以外は真冬でもめったに零度を下回らないそうだ.さらに,黒海からの暖かい空気が二つの山脈に囲まれた上述の平地に流れ込むことで,亜熱帯性の地域もあるそうである.コーカサス山脈地方は,氷河もある高山はもちろん強烈に寒く,麓はそれほどでないであろう.一方首都トビリシなどの平地では,夏の最高気温がおよそ30度に届く程度で快適な気候らしい.旅行した4月は東京くらいの気温で,空気は乾きめに感じた.

歴史

この辺りは,紀元前6世紀には一帯を統一したアケメネス朝ペルシャの一部となり,その後,紀元前1世紀に少なくとも一部はローマの支配下に入った.グルジアを大まかに東西に分けると,ローマ時代以前は,主に西グルジアが栄え,ローマ支配紀頃から東グルジアが主役となったようだ.

4~6世紀にキリスト教に改宗.6世紀頃からはビザンツやペルシャ,さらにアラブの統治下に入ったようである.9世紀に王国として独立し,11世紀頃グルジアとして統一された王国となるも,後再びビザンツ帝国の属国になる.ビザンツ帝国属国の期間は長く,文化的影響が大きいそうだ.その後,オスマン帝国,ペルシア,ロシアなどの支配を経て,ロシア革命後の1918年にロシアからの独立を宣言.さらにその後ソビエト連邦に加盟,1936年,ソ連邦構成共和国に昇格したという.有名なソ連の政治家スターリンはグルジア出身で,大きな役割を果たしたようだ.グルジアでは今でも尊敬されているようだ.

1991年,ソ連邦の解体により,グルジア共和国として独立した.ソ連邦時代のシュワルナゼ外相もまたグルジア出身で,グルジア独立後初代大統領に就任,10年間にわたって務めたが,不正で辞任に追い込まれた.これがいわゆる2003年11月のバラ革命と呼ばれる無血クーデター.

カヘチア地方へ行くとき,太陽の塔とか称するシュワルナゼ大統領建造というモニュメントがあった.向きは北で,「太陽なら東向きが常識だが,ロシアびいきのシュワルナゼが作ったのでロシアの方向を向いている」とはディービッドさんの弁.

社会

住民の多くはカルトヴェリ人(グルジア人).その他アルメニア人,ロシア人,アゼルバイジャン人,オセット人,アブハズ人などがいる.後述の国内の民族紛争の難民も多く発生しているようだ.言語は公用語がグルジア語で,民族ごとに各言語を有する.(まあ,民族は言語で分けられるのが最も一般的であろう.)宗教はグルジア正教徒(ロシア正教とほぼ同じ)が75%,イスラム教徒が11%.

グルジアの公用語であるグルジア語を書き表すために用いられる文字はグルジア文字.3世紀~5世紀に造られたそうで,その文字体系はギリシャ文字の影響を受けているそうである.38文字から成るが,現在,33文字を使用.グルジア文字には数字がなく,アルファベット各文字を数字に割り振って使う.これは例のローマ数字のようで,大変そうだ~!丸や円弧が多く,写真でしか見たことがないがビルマ文字のような印象を受ける.新聞などでは算用数字を使っているようである.

日本では,関取の黒海関,カスピ海ヨーグルト(グルジアヨーグルト)による長寿社会,ワイン発祥の地...などなじみ深いか.

現在グルジアは国内の民族紛争,アブハジア及び南オセチア問題を抱えている.アブハズ人はイスラム教徒,南オセチア人の一部はイラン系民族でキリスト教徒で,両地域には中央政府の実効支配が及んでいない.観光案内所でもらった地図でも2つの区域はちゃんと赤い線で区切ってあった.

アブハジアはグルジア最西端に位置し,黒海北岸に面する.ソ連邦時代には国内屈指の保養地として知られた.人口は50万人のうちの48%がグルジア人(キリスト教徒),17%がアブハズ人(イスラム)であった.1990年代始めにグルジアからの独立を求める紛争が起こり,その過程でほぼすべてのグルジア人が「民族浄化」(ethnic cleansing)の対象となり,アブハジア全人口は激減した.殺された大半はグルジア人(キリスト教徒)であろう.これまたひどい話だ.宗教対立によるものかといえば,一概にそうではなく,アブハジアの独立を後押ししているのは正教徒のロシアだというからややこしい.

グルジア中央北部南オセチア自治州の国境を挟んで向こうの北オセチア共和国は,ロシア連邦の一部をなしている.グルジア南オセチア自治州のオセット人もまたイラン系の言語を話し,ロシア正教会信者が多く,親ロシア的であるそうだ.そこで南オセチアにおいては,北オセチアとの統合とロシア連邦への編入を求めて南オセチア紛争が起こっている訳だ.

しかしてロシアとは関係が悪化し,ロシアによるグルジア産ワインやガス入りミネラルウォーターの輸入禁止,グルジアのNATO加盟に向けた動き,グルジア当局によるロシア軍将校逮捕などにより緊張関係が続いているそうだ.最近テレビでロシアの高級官僚がグルジア産ワインやミネラルウォーターをモスクワのレストランでばんばん飲まれている場面が放送され,やっぱり抜け道はいっぱいある,とグルジアでは言われているそうだ.

産業

温暖な気候のおかげで,ぶどうや茶,柑橘類の果樹などの栽培,紅茶,ワインを中心とする食品加工業が盛ん.マンガンなどの鉱業もあるようだ.

ただ,エネルギー資源は乏しく,ロシアに相当依存していたというが,同国との関係が悪化した今,どうしているのだろう?



Cannergy'sホームへ