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ボグラBogra

このボグラ編では,2019年11月8日タンガイルを離れ,ジャムナ川を渡り,ボグラに入り,ボグラのホテルで一泊したときの写真を載せました.

ボグラ付近のGoogleマップ(静止マップ)map around Bogra

ボグラ付近のマップ(Googleマップのスクリーンショット)

ボグラはマーカー5の辺りに位置している.

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タンガイルを離れるleave Tangail

タンガイルを離れる

タンガイルを離れる

私達はナヤクリシ農業運動園を見て,そして食事して,去ることになった.

出口の三輪車のフェンダーにはCNGのステッカーが貼られている.やはりこうした三輪車の殆どはCNGエンジンが用いられるようだ.基本的にはガソリンエンジンと同じで,気化器の替わりの減圧バルブやインジェクタを備えれば済む程度の差らしい.

またCNGはトラックやバスにも使われており,こちらはディーゼルエンジンベースで,燃料インジェクタ構造を変更することで動作するようだ.

どちらのタイプもガソリン,ディーゼル油燃焼に比べて出力が若干低下するものの,窒素酸化物,二酸化炭素,硫黄酸化物,黒煙排出を減らす効果は大きいそうだ.


寺院を通過

寺院を通過

ナヤクリシ園を出て程なく寺院脇を通過した.ここはまだタンガイルのエリアと思われる.ヒンドゥー寺院なのか,あるいはイスラムモスクなのか不明だ.ただ熱心に礼拝する人がお堂内部にも,写真のように入口前にも居られて印象深かった.


四つ手網を備えた沼

四つ手網を備えた沼

前ページでも記したが,バングラは沼や池だらけだ.そしてそうした場所には写真のようによく四つ手網が備えられている.沼や池は雨季になれば川に繋がり,新たな魚が供給されるのかな~と思う.

池の脇には魚とは関係ないが牛が草を食んでいる.

畑は多分稲を刈り入れた後で,畝が築かれ,連作を避けるための二毛作の例えばじゃがいもが植えられた段階であろうか.まあ規模は小さいながら,漁業,酪農,農業と幅広く事業し,自然災害のリスク低減を図っているわけだ.


ジャムナ川を渡るCross the Jamuna River

列車が走る

列車が走る

やがて列車が通過していく場面があった.客車だった.バングラデシュの列車と聞くと,インド同様屋根の上にも人が乗っていたり,入り口辺りにぶら下がっている光景を期待していたが.....そんなことありませんでした.がっかり(失礼な)

バングラデシュでの鉄道は1862年創業で,現在総延長2,877kmという.汽笛一声新橋を~♪の新橋-横浜間開業1872年より古い.英支配下にあったためでしょうか.


ジャムナ橋を渡る

ジャムナ橋を渡る

そのうちジャムナ川に差し掛かった.そしてここには約215億円の円借款で賄われたという全長4.8km,幅18.5mという大きな橋,ジャムナ橋が架かっている.鉄道と車道,送電線,通信ガスパイプライン敷設を兼ね1998年完工したそうだ.

この橋ができる以前は,添乗Nさんのレポートによればフェリーの待ち時間が平均36時間,長いときは一週間も要したという.にわかには信じ難いようだが事実だそうだ.いや~ひどかったですね.


100タカ紙幣に描かれたジャムナ橋

100タカ紙幣に描かれたジャムナ橋

酷いピンぼけですが,100タカ(120円くらい)紙幣にはジャムナ橋が描かれている.やはり画期的な効果があったのでしょうね.

ところでこちらの紙幣も相当汚いですね....でもインドやネパールより少しましかな.


ジャムナ川を渡るとボグラ管区

ジャムナ川を渡るとボグラ管区

ジャムナ川を渡るとボグラ管区に変わるそうだ.日本の県くらいの感じであろうか.ツーリストポリスの管轄範囲はもっと狭く,市町村単位くらい細かく切り替わるように見える.

さて渡りきった橋の袂には選挙ポスターのようなパネルが掲げられている.何れにせよこうした政治ポスターはとても目につく.


ボグラに入るget to Bogra

ボグラのエリアに入ってきたか

ボグラのエリアに入ってきたか

街道脇の建物はあまり切れ目なく続くので,市の区切りも分かり難いが,そろそろボグラ市であろうか.

男性は巻きスカート(ルンギと呼ばれるそうだ)を着用している人がかなり多い.お隣のミャンマー男性も巻きスカート(ロンジー)が多いが,ルンギの丈は少し短いかな~いや,同じくらいかな~

ここにも選挙ポスターが掲げられている.電球の模様が描かれているが,これは候補者個人もしくは政党のトレードマークらしい.識字率が十分高くないため,こうしたマークで印象付けを促し,実際投票にも役立つようである.


有りふれた駄菓子店

ありふれた駄菓子店

一続きで多分100タカ程度であろう連なった袋詰の駄菓子(のように見える)を売るお店がそこかしこに見られる.ボグラ特有ということではなく,どこに行ってもそうした印象を受ける.こうした駄菓子店の客層は子供だけではなく,日本のコンビニと同じような感じなのではなかろうか.でも,多分倒産などはさほど多くはなく,それなりに事業継続しているのじゃなかろうか....と想像している.


実る稲穂と背後にレンガ工場

実る稲穂と背後にレンガ工場

ボグラの街に入って来たかと思っていたが,田んぼがある.でもバングラの都市は市街地と農作地が入り混じっているのかも知れない.

稲は間もなく刈り入れであろう.これまで見てきたところ,稲の刈り入れはコンバイン等は稀にしか見られず,多くは人海戦術の手作業だ.人手過剰な面を解消する役割を担っているのかな....と感じられる.

田んぼの向こうは煉瓦工場(焼成工場)だ.バングラデシュは石がないので,建築も道路も皆レンガで作る以外ないそうで,レンガ工場がいたるところに設けられているのだ.


陸軍駐屯地

陸軍駐屯地

ちょっと左が欠けてしまったが陸軍駐屯地ではなかろうか.私には展示戦車の色あいがウミガメを想起させるように感じられる.ここはわざわざ戦車を公道に面して展示してあるのでバスからの写真は問題ないでしょう,と思う.

ということでここはボグラの中心地もしくはその近くで間違いないでしょう.ボグラ自体はラジシャヒ管区のボグラ県中心都市,北ベンガルへのゲートウェイということだ.狭い国土だが北ベンガルと南とでは文化や気候が著しく,いや幾らか異なるということであろうか.


植木アート

植木アート

植木を刈り込んで動物の姿を表している.なかなか上手な植木屋さんだと思う.多分日本の遊園地などで見ることもあるであろうが,植物の生育環境はバングラの方が良かろうから,こうしたアートにも適していよう.


ボグラで一泊stay overnight in Bogra

Naz Gardenホテルに到着

Naz Gardenホテルに到着

ということでNaz Gardenホテルに到着した.当ホテルは小規模ながら世界各地にチェーン店があるようだ.さてここはどんなでしょうか.少なくとも広い庭は庭木が豊かで,入り口のセキュリティはかなりしっかりしている感じだったかな.


Naz Gardenホテルでチェックインしてもらう

Naz Gardenホテルでチェックインしてもらう

私達が小型バスを降りると,ガイドAさん,Sさん,添乗Nさん総掛かりでチェックインして下さった.荷物はボーイさんが写真中央の台車で部屋まで運んでくれる.


Naz Gardenホテルの部屋

Naz Gardenホテルの部屋

部屋はこんなだった.テレビはベンガル語だけであったが,wifiはここを含めて泊まったホテルはどこも繋がった.ただし途中でハングアップするなど調子はイマイチなところもあった.


ホテル付属か市営か池がある

ホテル付属か市営か池がある

ホテル廊下の窓から見下ろすと,ホテルに隣接しなかなか立派な池(プール)があり,幾らかの人がボート遊びに興じている.この池は果たして本Naz Gardenホテル付属か市営か知りたいところだが,訊く機会を逃してしまった.う~ん,一ホテルのプールにしては規模が大きすぎるかな~やはり.


リンゴを含むフルーツバスケット

リンゴを含むフルーツバスケット

部屋にはフルーツバスケットが置かれていた.ありがとうございます.バナナとみかんは国産であろうが,暑い国なのでリンゴは輸入品に違いない.4つ星クラスのホテルならまだしも,そこまでしなくていいのに....とつい貧乏人根性が出てしまう.実際は切れないナイフの皮剥きが面倒で食べないのだが.


ホテルレストランで夕食

ホテルレストランで夕食

さて時間になった,ホテルレストランに行く.これを見ると少なくとも焼きそばがあったようだ.

ビールは持ち込み可で,ガイドSさんが冷やした330ml缶を5ドルで用意してくれる.ビールはイスラム国なので一筋縄ではいかないのにありがたいことだ.またどこでも買い入れることは不可能なのでそれなりのルートで仕入れるようで,Sさんには全行程分予約要である.私は330ml缶では不足なので,夕食毎に2本をお願いした.ただ私は普段の日常同様昼食時は飲まず,夕食のみお願いした.

ということでこの日11/8(金)は暮れていった.そして部屋に戻り,ベッドに横たわり寝入った.


11/9(土)朝のレストラン

11/9(土)朝のレストラン

ボグラのNaz Gardenホテルで11/9(土)朝を迎えた.そしてレストランに降りる.さてフードデッシュには何が並んでるかな~


装った朝食

装った朝食

一応見回して,無難そうな(香辛料きつくなさそうな)装った朝食がこれ.右側黄色味を帯びた四角いのは何だったであろう? 日本なら切り分けた玉子焼きとかありそうだが,日本以外あの形態の玉子焼きは無いと思うし....デザートの甘いものかも知れない.


ポリス先導車に導かれ出発

ポリス先導車に導かれ出発

この日最初の訪問地,大きなバザールを経て仏教都市遺跡モハスタンに行くためいつものNissan小型バスで出発した.先導MITSUBISHIパトカーには管轄区のドライバ+後部シート合わせて4人のお巡りさんが警護に当たってくださる.もちろん武装しており,いざというときは応戦することになる.

市街地の混み合った通りでは,赤色灯をチカチカさせ,蹴散らして進んでくれてありがたい.パトカーのスピードが遅い(警官はやはり制限速度守らなければ,のようである)ときは,私達の小型バスがパトカーを煽り,急がせたりした.


稀に象も歩いている

稀に象も歩いている

インドとかスリランカに比べればごく稀ながら象も歩いている.やはり大きいですね.


サイクロンが来る,旅程は狂う

サイクロンが来る,旅程は狂う

ガイドAさんが皆に新聞を配り,大型サイクロンの襲来予報を説明してくれる.ここに来る前は台風15号,19号で大きな被害を被ったが,逃げた先で今度また襲われるとは....このサイクロンBulbulはバングラに向かっている最中とあるが,印刷から時間が経ており,この配られた時点では既に私達の行こうとしているシュンドルボンに上陸し,20人ほどの犠牲者が出ているとのことだ.

シュンドルボン公園は立ち入り禁止措置が採られ,今回ツアーの呼び物「ドゥブラ・ラッシュ・メーラ」祭は中止に決まったそうだ.残念だが自然災害ゆえ諦める以外ない.

そんな訳で添乗Nさん,ガイドSさん,Aさんが当局と連絡を取りながら可能な旅程をいろいろ検討している.