バハルダールBahir Dar
このバハルダール編では,2020年1月28日ゴンダール南のテフ農家を訪ねた後,バハルダールを目指し,先ず夕陽目当てにベザウィットの丘に寄り,ブルーナイルの橋でカバを眺め,暗くなってバハルダール着,ホテルにチェックイン.翌29日バハルダールで朝を迎え,小型バスでティスアベイ村へ行き,山道を歩きティシサットの滝に至る.下るとバハルダールに戻り,市場を見物し,ホテルでランチ.食後はタナ湖クルーズでセギ半島に上陸し,ウラキダネミフレット修道院を見物,そして宿に戻ったときの写真を載せました.
バハルダール付近のGoogleマップ(静止マップ)map around BahirDar
ゴンダール南のテフ農家を訪ねた後,ベザウィットの丘を経由してタナ湖南端のバハルダールに着く.
翌日タナ湖をボートクルーズで半島のウラキダネミフレット修道院を訪ね,次にバハルダールより東にTissisatと記される滝見物に行く.
別窓で大きなGoogleマップを開くベザウィットの丘Bezawit Hill
道路脇の軍用機展示
ベザウィット丘向かう途中ヘリや戦闘機が道路脇にあった.軍の基地であれば,このように丸見えの道路脇に機材を置かないであろうし,写真もまずい.展示のために並べたものと思われる.
緑のトンネル
横の大きく枝を伸ばす樹木の並木が暫く続いた.ちょっとこれまで見てきたエチオピアとひと味違うように見える.いい眺めです.
ベザウィットの丘に来る
ベザウィット(Bezawit)の丘に来た.地元の人であろうか,数人の姿があった.
NABUという標識が見えるが,ググってみるとNature And Biodiversity Conservation Unionというドイツ最大の環境団体のようだ.当初「鳥類保護協会」として設立されたそうで,そのため写真の鳥のシンボルマークがあるようだ.
眼下に青ナイルが流れる
夕暮れのベザウィット丘から眼下には平野が広がっている.薄暗い中で青ナイル(Blue Nile)の水面が白く輝いている.青ナイル川は明日訪れるタナ湖が源流で,白ナイル川とともにナイル川支川の代表格だ.
青ナイルはエチオピアを最初南に,次いで西に流れ,スーダンに入り北上し,同国首都ハルツームで白ナイル川と合流し,ナイル川となってエジプトを流れ,アレキサンドリアで地中海に注ぐということだ.エジプトでナイルの水量の56%は青ナイルから来るという.
青ナイルの名は,灰色に濁った白ナイルに比べて透明度が高いことに由来するという.
ベザウィット丘の夕陽
ベザウィット丘でしばし待ち,夕陽を眺めた.特段変わった風情があるというわけではなく,まあどこで見ても大差ない並みのきれいさだ.
人民解放戦線のモニュメント
ベザウィット丘で夕陽が沈むと,一目散にバハルダールへと向かった.
途中メケレの街にあったティグレ人民解放戦線のモニュメントと同じようなモニュメントが立てられていた.ここはティグレ州ではないが,やはり共産独裁政権に立ち向かい倒した人民解放戦線のモニュメントだということだ.
バハルダールへgo to Bahir Dar
青ナイル川のカバ
暫く走り,青ナイル川に架かる大きな橋を渡った.この辺りの川幅は結構あり,既に暗いが,添乗Iさんが沖のカバを発見.バスを降りて見物した.
暗い中目を凝らして見ると,確かにいます.合わせて5頭いるようだ.そう言えば以前カバは夜行性と聞きましたが,これから活動タイムですね.
ブルーナイルリゾートホテルに到着
少し走り今夜の宿泊地ブルーナイルリゾートホテルに到着した.ここには連泊予定で,チェックインする.
先ずはレストランへ
遅くなったので先ずはレストランに行く.かなり広いレストランで,既に幾つかのテーブルはお客さんが着席していた.
この日の夕食
この日の夕食はトマトやアスパラのサラダ,ラムシチュー,コーン,ロールパン...それとビールにアンボ水.美味しかった.
宿泊した部屋
これが宿泊した部屋.改めて写真を見るとエアコンが付いているので寒くなかった筈だ.バハルダールの標高は1800mなので首都ほどではなかろうが,やはり暖房のある方がいい.
部屋でもwifi使えたのは良かった.
バハルダールの朝morning in Bahir Dar
ブルーナイルリゾートホテルの朝
ブルーナイルリゾートホテルで朝が明け,1月29日になった.昨夜は暗くてよく見えなかったが,今朝こうして窓から眺めるとタナ湖の畔に建っていたのだ.まだ陽の位置は低く,赤みが射している.
レストランで朝食をとり,バスで滝見物に出発だ.
バハルダールの朝風景
この辺りは道幅も広く,分離帯に並木もあり,ゆったりしている.高級住宅街であろうか.
バハルダール商店街
少し行くと,低層部分がお店の商店街と見られるエリアになる.このエリアはかなり続き,場所によっては人出も多い.まだ朝だが,時間が経てばさらに賑やかになるっと思われる.
ティスアベイ村へdrive to Tis Abay
バハルダール郊外になる
車は先ずティシサット滝の麓ティスアベイ村へと向かう.そしてバハルダールを抜けると,同街郊外になってきた.
街道にはたくさんの羊が餌場の草地に向かって歩いているようだ.羊は比較的小型タイプのようである.
こちらは牛
街道を進むと,穀類あるいはサトウキビ畑の刈り取り後であろう,残った茎や落ち穂を食む牛たちがいた.皆コブのあるセブ種だ.
この辺りは広い平野で,しかも青ナイルから水が引けるので,エチオピアでは最も生産性の高い農地になっているそうだ.
灌漑用水路と野菜畑
街道脇には人工用水路が流れている.青ナイルから分水された水路だ.街道脇の村には飲料や生活用水を供給し,畑には灌漑用水を供している.ちょっとオーバーながら青ナイルの賜物であろう.
2頭立て畑起こし作業
2頭の牛をくびきで繋ぎ,木製の鋤を引かせて,畑起こし作業中だ.それまでサトウキビが栽培されていたそうで,その根が土に絡まっており,木製鋤で土を起こすには相当の力がいるのだろう.多分ロバでは力が足りないのであろう.ただ牛でも大変なようで,長い鞭で時々ピシッと叩かれている.
運ぶ女性とロバ
この未舗装の街道は,私たちの目指しているティスアベイ村にある市場での取引と正教会参拝とを兼ねて向かう人が多いのだそうだ.
右の女性は手を添えずに器用に頭に荷を載せ,進んでいるようだが....よく見ると右手のステッキで支えているようだ.直接手を添えるより,腕の位置を高くしないで済むので楽なのでしょうか.
ティスアベイ村に着いた
ティスアベイ村(Tis Abay)に着いた.前にも記したかも知れないがTis Abayはアムハラ語で「大きな煙」の意味で,これから見に行くティシサット(Tissisat:アムハラ語で「火の噴煙」)の滝と同じような意味であるようだ.
ティスアベイ村はこれまで通ってきた街道のみならず,山の向こう側も含めてあちこちから人の集まる土地のようだ.現に朝から大勢の人が群がっている.
ティシサット滝見物申請オフィス
ティスアベイ村にはティシサット滝(=ティスアベイ)見物申請オフィスがあり,ここで入場料をガイドFさんが支払う.
国内旅行者は10ブル,外国人は50ブルとあるので5倍だが,200円程度だから安い(ビールくらい)
なおここではTis Abay fallsの呼称で,水が煙るとカッコ書きされている.
ここが市場の会場になるようだ
ティスアベイ村の一画に広場があり,既にその周りには荷物を持った人や,ロバが待機しているように見えた.多分ここで市場が開かれるのだと思われる.
ティシサットの滝walk to the Tissisat Falls
ポルトガル橋を渡る
さて私たちはティスアベイ村からティシサットの滝(青ナイルの滝,ティスアベイ滝とも)目がけて歩き始めた.少し歩くと流れ出して間もない青ナイルに架かる石造りアーチ橋を渡った.橋の反対側からは非常に多くの人達が大きな袋の荷物を頭に載せてやって来て,ティスアベイ村に向かっている.やはり正教会の礼拝と市場での取引を兼ねている人が多いらしい.
石造りアーチ橋はその昔ポルトガルと交流が深かった時代,同国の技術で完成したゆえ,その名が付いたようだ.
重量物を運ぶ
トレイルは石ゴロゴロ,坂であるが,頭に穀類や野菜袋を載せ,背にも風呂敷を担いでいる女性がスタコラ上っていく.かなり重量があると思うがタフだ.しかもかなり遠方の人も多いそうなので大変だと思う.
ロバが行く
市場への荷役としてロバが行く.ロバの御者は男性が多い.先頭のロバは玉ねぎとかジャガイモ,さつまいもといった根菜でしょうか.
深い青ナイルの谷
山間部を流れる深い青ナイルは深い深い谷を作っている.長い年月で水が削り取ったのでしょう.
青ナイルは1,460kmほどの長さがあり,エチオピア高原の最も高い辺りでは最大1,500mの峡谷を形成しているエリアもあるそうだ.
ロバも人もどんどん来る
ロバも人もどんどんこちらに進んで来る.反対側に進んでいるのは概ね私たち外国人観光客とガイドだ.も少し時間が経てば,礼拝を終えた人たちがこぞって戻ってくることでしょう.
これが目指している正教会か
トレイルを暫く行くと,下方に円形(または多角形)の正教会が見えた.これが反対側から歩いて来ている人たちが礼拝に向かっている教会でしょうか.かなり立派で大きな建物に見えるので多分そうでしょう.
発電所の一部施設
この近くには11MWという比較的小規模な発電所があるそうで,写真はその一部施設ではなかろうか.1965年イタリアの協力で完成したそうだ.またその先(上流?)に67MW発電所が中国資金で2000年に完成しているそうだ.そして近年11MW出力発電所は操業停止しているそうだ.
以前発電所へ多量の水の分流が必要で,滝にはあまり回って来なかったそうだ.なので滝はチョボチョボだったが,今年はそれなりの滝が期待できそうだということだ.
ところで青ナイル下流,スーダン国境近くでは大エチオピア再生ダム(Grand Ethiopian Renaissance Dam)を建設中で,ほぼできあがっているそうだ.出力6.45GWで,上記発電所の100倍と,比較できないほどの大出力だ.
ダムは完成後5~10年かけて満水量貯水する計画だが,下流のエジプトはナイルの水が減るからと大反対しており,いろいろ交渉が必要になろう.中国が上流を抑え,ラオス,カンボジア,ベトナムといった下流で命綱の水として流れるメコン川の構図と同じですね.まあ,エジプトはエチオピアに首根っこを押さえられているわけで極めて重大な問題であろう.
ティシサット滝に到着
ティシサット滝に到着した.11MW出力発電所への分流がないので,結構な流れがあってよかった.シミエン国立公園のジンバル滝は殆ど水が無かったので,比すれば上等だ.
雨季はこの写真で右端から左端近くまで,幕のようになって落下するらしい.
記念撮影
ここは順繰りにIさんにシャッターを押して貰う.ガイドFさんは昨晩首絞め強盗に遭い,一時気を失い,財布やスマホ全部盗られてしまったそうだ.お気の毒だ.ただご本人は,強盗が元兵士か何かのプロで,気は失わされたが,怪我を負わせられずに済んだのは不幸中の幸いと思う,と言われる.
Fさんはこうした経験は初めてだが,やはり夜間の一人は危ないようだ.なおFさんは米国籍で,あの野蛮な米でもこうした経験はなかったそうだ.
青ナイルに流れ込む支流と吊り橋
滝の右手に青ナイルに流れ込む深い谷の支流があり,そこに吊り橋が掛かっている.私たちは吊り橋を渡り,滝の直前に行くことにした.
写真左手にロバでしょうか,家畜が渡って来る場面だ.ちょっとネパールのようだ.
ティシサット滝滝壺前
吊り橋を渡り,支流対岸に行く.そしてそこから左に歩くとティシサット滝滝壺前に出る.上にTis Abayは「大きな煙」,Tissisatは「火の噴煙」の意と,資料から転記したが,確かに水が噴煙状に舞ってますね.
ティシサット滝見物を終えると,私たちは同じ道を辿り,ティスアベイ村に戻り,小型バスでバハルダールに引き上げた.
バハルダール市場Bahir Dar Market
街道脇の唐辛子干し
バハルダールへ戻る途中,街道脇の農家が唐辛子を広げて,乾燥させていた.乾燥唐辛子はどこの国でもかなり普遍的に使われる調味料ですね.
パラボラアンテナの仰角
テレビのパラボラアンテナ仰角はかなり小さい.以前,衛星は今年初めて打ち上げると4WDドライバのミカエルさんが話していた.ということで現在は主にヨーロッパや中東の衛星電波を捉えるために小さな仰角になっているのではないかと思う.
バハルダール市場のサンダル店
さて私たちはバハルダール市場に着いた.そして端から覗きながら見て回った.
先ずサンダル店があった.いつぞや見せてもらったコンソ族の木曜市で販売されていた古タイヤリユースサンダルはありません,ごく普通に工場生産されたサンダルだけです.これで強靭過ぎるリユース品に因る足の怪我はないと思う.
穀物のお店
こちらは穀物のお店.食事では頻繁にご飯を食べるのだが.....これらの袋にはお米が見当たらない.精米してないので分からないだけなのでしょうか....
尤も,トウモロコシとかはっきり判るが,他の穀物は私にはなかなか見分けが付かない.
コーヒー販売店
形態が上記穀物店似ている.ただこちらはコーヒー生豆の専門店.こちらも同業者はまとまって店を構えている.
コーヒーはロブスタ種とアラビカ種の2つに大別され,一般に後者が上等とされ,ここエチオピア産は後者であったか....私にはそうした微妙な違いは判別できないので,まあいいか.
金物屋さん
地方の市場では比較的少ないアルミやステンレス製品を扱う金物店.バハルダールはやはり都会なのかな~という感じだ.
愛国者の八百屋さん
レタスなど葉野菜を得意とする八百屋さん.何よりも緑黄赤3色エチオピアンカラーのシャツ着用で,愛国者ですね.
そしてランチ
そしてブルーナイルリゾートホテルに一旦戻り,ランチを頂戴した.さてこれは何だったのであろう.....分からないが別に気にしない(いい加減な性格です).
タナ湖クルーズlake Tana cruise
ホテル前のタナ湖
さてホテルレストランでランチの後少し休み,クルーズボートでタナ湖セギ半島に出かけることになっている.
写真はまさにそのタナ湖(ホテル前の)だ.ここから出航すればいいな~と思うのだが,セギ半島クルーズボートは出ないのだそうだ.写真で見えているボートは小型のプライベートボートなのだ.
セギ半島行きクルーズボートに乗る
ということで私たちはバスでバハルダール港に行き,セギ半島行きクルーズボートに乗った.
クルーズボートは船室とデッキがあり,エチオピア最大,埼玉県と同じくらいの面積があるというタナ湖に繰り出す.セギ半島までの距離は10kmくらいということだ.
コックピットと船長
こちらはコックピットと船長.タナ湖を航行する船舶は殆ど見当たらないし,風もないし,多分気楽な操縦で済むのではなかろうかと.....でも事故無きようお願いしますね.
船室入り口ドアは日本の旅行社ステッカー多し
船室入り口ドアには旅行社ステッカーがベタベタ貼られていた.日本の旅行社のが多い.今少ししたら漢字やハングルいっぱいになるのかな~と思う.多分違いない.
セギ半島に到着
セギ半島(Zege Peninsula)ウラ港に到着した.桟橋は空いており,また陸は樹木が茂っている.港には小型船舶は結構停泊している.漁船もあるであろうか.
オオハシガラスか
桟橋から上陸すると木の枝に,ゴンダールのファシリデス城で見かけたと同じ鳥,オオハシガラスかを見かけた.頭の上の黄色い鶏冠のようなものが極めて特徴的だ.
ウラ・キダネ・ミフレット修道院Ura Kidane Mehret Monastery
セギ半島のお土産店
セギ半島港に上陸すると,ウラ・キダネ・ミフレット修道院(Ura Kidane Mehret Monastery)に向かい歩いた.
港からの路地には様々なお土産店,アクセサリー,イコン,実演付き織物,白い礼拝服....などが並んでいた.写真は加工アクセサリーなど販売しているお店だ.
コーヒーの実は甘かった
途中コーヒーの木があり,ちょうど熟した実を付けていた.摘んで口に入れてみると意外なことに甘くてびっくりした.これまで少ないながら幾度か実ったコーヒーに出合ったが,食べて見たのは初めてだ.結構イケる味だ.
ところで種子はもちろんコーヒーになるが,この果実の部分は普通どうなるんだろう.....食されるのかな....それとも銀杏のように果実の部分は腐らせ,種子部分だけ残すのかな.....
顔に白い縁取りあるサル
コーヒーの先の木に顔に白い縁取りあるサルが居て,私たちを見下ろしていた.ニホンザルとは違っているが,はて何というサルか.
ウラキダネミフレット修道院入り口
ウラキダネミフレット修道院(Ura Kidane Mehret Monastery)入り口に着いた.2連アーチゲートの円筒形藁葺き屋根構造だ.その前の塀やゲート先に望む建物はトタン葺き屋根で,経営的には大変なのかな~とつい思ってしまう.
門をくぐった先には大きな2枚の石板が吊るされている.木の棒で叩いて,修道士に礼拝や食事の合図を送るためという.2枚で音程が異なり,また叩くリズムで要件の違いを表現するようだ.石ではなく木製だが日本のお寺に在る魚板と同じ機能の道具ですね.
ところで本ウラキダネミフレット修道院はイスラムの迫害から逃れるため修道士によって14世紀に創建されたという.
ウラキダネミフレット修道院本堂は円筒型
ウラキダネミフレット修道院は複数の建物から成っており,本堂(正式名ありと思うが)は円筒型で,3つの同心円円筒で,外側が前室,中間が礼拝堂,中心は覗けない至聖所になっているようだ.
中心の至聖所は所謂本尊に相当する部分は左奥に配置されているらしい.
私たちが到着した時,ちょうど前の欧グループの皆さんが出てくるタイミングで,皆さんが靴を履き終えるのを待って入場した.
3つの同心円筒構造
これが3つの同心円筒構造を示すショット.写真中央がすだれ状外周壁に接する円筒前室と中間の礼拝堂とを仕切る円筒壁で,所々に円筒前室と礼拝堂接続の開口部が設けられている.壁画は円筒礼拝堂内側壁に極端に多く集中しているが,礼拝堂外周壁や,前室内側壁などにも描かれている.
なお他の教会同様,壁画はフレスコ画ではなく,壁に貼られたカンバス画である.
礼拝堂内側壁画の例
最も多い礼拝堂内側壁画で,ここでは一例として解り易い聖ジョージのドラゴン退治のシーンが描かれている画を載せた.このシーンは何箇所かで見ることができる.
これらは壁に貼り付けたカンバスに比較的近年描かれたようで,色彩がくっきりしている.エチオピア正教では古いものを残すより,新しいものに置き換えるのを躊躇わないのかな~という感を抱いた.ミャンマーの仏教美術に対する考え方とかに似た面があろうか.
礼拝堂外向き壁画の例
円筒礼拝堂の外方向側の壁に古い時代の壁画が残されていた.具体的な年代は不明だが,色がくすみ加減である.だがこの方がいい味を醸しているようにも見える.
周りはゴンダールのデブレビルハンセラシ教会で教わった智天使(Cherubim ケルビム)で,中央は背中に羽があるので聖ラファエルなど大天使の一人でしょうか.
ウラキダネミフレット修道院の壁画色々
円筒形礼拝堂の広いやドアにはこれでもかとばかり絵が描かれている.左上の聖母子像は授乳中のシーンのようでとても珍しいように思う.
右下の地獄図などなかなか恐ろしげだ.
屋根上にはエチオピアンクロス
屋根上には周囲に7個(ゴンダールでは6個で,多分1つ落ちてた)のダチョウ卵を付けたエチオピアンクロスが載っていた.またその下の縄暖簾付き円形傘も同じような形式である.
なお円筒形教会至聖所は覗けないが東向きに作られているそうだ.
夕方になりウラ港から引き上げる
夕方になりウラ港(Ura port)の桟橋に戻った.ここから来たときと同じボートで引き上げる.
港の暮色は,あ~これで一日の主なイベントは終わったな~という感を抱かせる.
ボートは進み陽は落ちてくる
クルーズボートはバハルダール港目がけて進んだ.進むに連れ,陽は落ちて空も海も赤みが増してきた.
ウラ港とバハルダール港の間には2つの小島がある.少し大きめのケブレアーン島(Kebre Maryam)には女人禁制の修道院が,も一つはエントシイエスス島で尼僧修道院があるそうだ.
ダイヤモンドケブレアーン
ちょうど赤い太陽がケブレアーン島の上になり,ダイヤモンドリングを形成した.ちょっとリングが平べったいが.
この後バハルダール港に着き,ホテルに戻り,そして夕食.
これでバハルダールの日程は全て終わった.ここで宿泊し,明日朝のフライトでラリベラに向かう.