D6:ガップへtrek to Ghap

このガップへ編では,2010年11月4日朝ペワを出発し,デン,ラナを経由してビーフェディに至り,昼食をとり,午後ガップまで歩いたときの写真と記事を掲載した.

ペワを発つleave Pawa(1,720m)

ペワ朝の光景

ペワ朝の光景

昨夜はロバ隊一行が同じバッティで宿泊した.朝になると馬方,いやロバ方がロバの餌を準備していた.ロバの場合公平に餌が行き渡るよう,予めこのような袋に配分され,首に下げられる.

ただこれだけでは不十分,若しくは栄養に偏りがあるためであろう,ロバは近くの森に連れられて行き,そこら辺の草を喰むのである,ということを外で眺めて知るに至った.エヘン!


ブリガンダキも細くなったか?

ブリガンダキも細くなったか?

朝食後出発した.程なくトレイルはブリガンダキ辺りに出る.流れは穏やかで,川幅も狭まったように見える.ほんとにブリガンダキかな~?と思えなくもないが.....


ペワの先陽の当たるところに出る

陽の当たるところに出る

少し歩き漸く陽の当たるトレイルに至った.これで今日の快晴も確認でき,その恩恵も享受できると言う訳で気分は高まる.筆者は単なるトレッカーという遊び人だが,朝早くから荷運びに勤しむ村人にとってはこのような陽気は一層好ましかろう,と思う.

この先少し所にペワの北川カンニ(仏塔門)があった.これでペワを離れるのだな~と,高々数時間の滞在ながら懐かしさを覚えるのだった.


デンDeng

デンの村を通る

デンの村を通る

デンに入る前の道は急峻で大変ですぞ~と前日Pさんに言われていた.でも実際はどうと言うこと無い道だった.村自体も特段どうと言うことない普通のネパール山村のように見えるが,さて実際はどうなんでしょう?

なおデンはグルン族の村であるそうだが村入り口のカンニ,家々のルンタやタルチョー,道端のチョルテン....とチベット的趣きが濃くなっているようである.

背後に見える山はチベット国境のクタンヒマール(Kutang Himal)の一部であろうか?


下は,デンの写真あれこれ

デンの眺め
デンの眺め デンの眺め デンの眺め デンの眺め

ラナRana

ラナへは急な登り

ラナへは急な登り

デンを過ぎるとブリガンダキの対岸,左岸に渡る吊り橋があった.そしてそこを越えると急激な登りが待っていた.ただし,そのトレイルには草刈に出掛けて来た地元の人も歩いていて,途中で一休みを取るような場所もあることにはあった.

この辺り,松の木は少なくなってきたように見えるが,多少高度を増したのかも知れないな~


下は,ラナ辺りの写真

ラナ辺りの眺め
ラナ辺りの眺め ラナ辺りの眺め ラナ辺りの眺め ラナ辺りの眺め ラナ辺りの眺め ラナ辺りの眺め

ビーフェディでランチlunch at Bihi Phedi

ビーフェディ入り口カンニのラマ像

ビーフェディ入り口カンニのラマ像

ラナを通りさらに進むとビーフェディ(Bihi Phedi)のカンニが見えてきた.カンニの上には写真のラマ像が掲げられていた.チベット族のエリアに入ってきたようである.

この近くの急峻な斜面で草を刈る女性の姿があった.命綱もなく,見るからに怖そうであるが,こうした仕事もチベット族ならこそと感心した.


ビーフェディに到着しランチ

ビーフェディに到着しランチ

10時少し前ビーフェディに到着した.ここには一軒のロッジがあり,何人かのポーターやシェルパの皆さんが休んでいた.若干早めだが,かと言って次に適当な場所がある訳ではないのでここで昼食をオーダーすることになった.

写真ではちょっと判別できないが,ここの女性たちは皆腰にむき出しでスプーンを下げている.装飾ではなく普通に食器としてのものらしい.一般にネパールの人たちは右指で食べるのでスプーンは用いない.あ~これもチベット族だからだ,と納得したのだった.日本でもマイ箸というのが流行っているそうだが,まあそう云ったコンセプトと同根なのかも知れない.

このロッジにはキャンプサイトのスペースがあった.ダッチ13人衆が今夜ここでテントを張るべく,同パーティのシェルパ一人が場所確保のため訪れていた.さらに,次の日はナムルンの予定なのだがブッキングしておかないと確保できない恐れがあるからと,足早にナムルンへと去っていった.マナスルは必ずしもトレッカーは多くないのだが,宿泊施設も豊富ではなく,大きなパーティの場合その辺の対応が必要になる訳だ.

暫くして仏のDqさんも到着した.ここで昼食をとり,今日はガップまで行く予定だそうだ.


ビーフェディを後にする

ビーフェディを後にする

ランチの後また北西へと歩きだした.ビーフェディはビー村の麓(Phedi)の意味で,ビー本村は写真右側斜面の大分上に位置している.見上げるとかなり遠く,道も険しそうであった.

一方写真の左側,ブリガンダキ対岸を眺めると,比較的緩やかな傾斜地に数軒の家が見えていた.この集落につながる道はどこ?と探してもなかなか見つからない....きっとあるに違いない筈だ.でも陸の孤島に限りなく近いように目に映る.


ガネッシュヒマールかな?

ガネッシュヒマールかな?

さらに歩くとブリガンダキに流れこむ深い峡谷に行き当たった.セランコーラ(Serang Khola)のようである.立派な吊り橋を渡り,下を眺め,改めてその深さを知る.川の上流,東の方角には白い峰が見える.ガネッシュヒマールかな?と思うが....

いずれにしてもこの辺りは実に雄大な景色が楽しめるところで,また好天も手伝って足取りは軽い.


下は,ビーフェディの写真あれこれ

ビーフェディの眺め
ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め
ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め ビーフェディの眺め

ガップに到着get to Ghap(2,095m)

完全孤立の一軒家

完全孤立の一軒家

セランコーラを越えてさらに行く.対岸の岩山の中腹にはうまい具合にテラスになっている所があった.そして目を凝らして見るとテラス右端に一軒家があるではないか!手前は断崖絶壁,左右背後も岩山で囲まれている.こんどこそどのようにここに辿り着くのだ?と考えてみるのだが.....ヘリ以外なかろう.正しく秘境の言葉がぴったりな場所だ.


ガップ入り口カンニの仏画

ガップ入り口カンニの仏画

やがてガップの入り口に差し掛かった.入り口にはチベット仏教の慣わし通りカンニ(仏塔門)があり,天井にはたくさんの仏画が描かれていた.かなり傷んでいるが曼荼羅やチョルテンの絵,ブッダ像で,ラマ像は見られないようだ.

ガップの村はブリガンダキ両岸に別れていて,カンニを越えて暫くすると橋があって,これを渡り右岸に行った.渡った先はメンダン(長いマニ石塚)水力式マニ車(中に経文が収めてある)が豊富で,チベット色は一層強まった感じだ.


ガットのロッジ

ガットのロッジに到着

2:50PMホテルキモラン(Hotel Kyimolung)というロッジに至り,ここで一泊することになった.ロッジは新築,いや未完成で部屋の窓はグリーンのビニールシートだった.多分資金が途切れたのであろうが,それにしてもガラスの代わりなのになぜ透明シートにしなかったのかは謎だ.

窓ガラスはないがソーラーパネルとパラボナアンテナを備えた衛星電話が設備され,近所(と言っても結構遠いが)の人が使いに来ている.

ロッジ経営者は年配のご夫婦で,ネパール語とチベット語を話し,珍しく全く英語は話さない.奥さんが手のデキモノを指差し,何か言っているのだが皆目分からない.痛そうな様子から漸く薬を欲しているのだなと思ったが,軟膏とか持ち合わせない.効くかどうか定かでないがバンドエイドを貼り,翌日分も渡すとニコニコしてくれた.やはりネパール語少し話せるといいな,と思うが今更大変そうだし.....それとあと片目の犬がいて,見かけは頼りなさそうに見えて,実は通りを行き交う人に対しては誰彼ともなく吠えるという根っからの番犬根性を備えていた.

部屋の近くから読経の声が聞こえてきた.後で軒先で出会いナマステ程度の挨拶を交わす.ポーターRさんが話してくれたことには,カトマンドゥは有名なスワヤンブナートで仏教とチベット語を学び,旅に出た修行僧で,この地方を巡っているところだそうだ.旅に出て既に一年経ったそうである.

そのうちに英Dsさんがやって来て泊まることになった.Dsさんがロッジ水場で,例によって水筒に水に浄化剤を加える浄化プロセスを始めた.周りでは犬も含めて皆しげしげと眺める,皆暇だから.やおらDsさん「犬も含めてお代は一人Rs50だよ~」と笑わす.

夕方になって仏Dqさん一行が到着し,ロッジ下脇のキャンプサイトにテントを張りだした.この時直接会うことはなかったのだが,たった一張りのテントのデザインから直ぐにDqさんと判った.トイレテントもちゃんと張られているが,ポーターなどスタッフ用はなく,彼らはロッジのキッチン辺りで休むのだと思われる.なおスタッフはガイド,コック,ポーター総計9人と聞いている,大部隊だ.


下は,ガップまでの写真あれこれ

ガップ辺りでの眺め
ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め
ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め ガップ辺りでの眺め

夜になった.ここは電気がなく暗い.軒下,キッチン脇の半屋外ダイニングテーブルでヘッドランプの下で夕食のダルバートのツナ添いを食べた.ガイドPさんがリュックで運んでくれたツナ缶があるから,それで何かチャーハンのようなものを作ろうか,と言ってくれたが,いやそのままダルバートに添えてもらった方がいいと言ったのだ.隣のDsさん,成分は不明ながら混ぜご飯のようなものだった.さすが連日ダルバートは受け付けないのであろう.

別にこの日に限ったことではないが,夕食後暗くて何もやることもないし...で,Dsさんと取り留めもなく話すことになった.ブッシュやカンザス州のキリスト教原理主義,英アンナプルナ初登頂時700人余のポーター,日本隊マナスル初登頂時の地元の反対と懐柔策,DsさんアンナプルナBCトレックのとき,30年前登頂失敗した山を指さしてルート等説明してくれた年配の日本人,メスナーのアルパインスタイル登山,ラダックのトレッキング.....と,止めどもなく話したのだった.特にラダックについてはDsさんも甚だ印象深い経験だったようで,またカナジーにも大変興味深いトピックで,いろいろ教えてもらった.

こうして夜も更けていくのだが,夜空には星が正しく降るように輝いていた.この分では明日の天気も万全であろう.



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