このダラムサラへ編では2010年11月9日朝サンドゥを出てダラムサラへ行くときの写真と記事を掲載した.
この日の朝,表に出て周りを見渡す.ロッジから展望できる山の中で一番高いヒマールチュリが先ず陽で照らされた.ただその少し東に目を向けると,空には薄雲が架かっていた.こりゃ,天気は下り坂かな~,明日まで持って欲しいな~と思わずにはいられない.
パンケーキの朝食後,7時半に出発した.その頃になるとなぜか東の薄雲は無くなり,すっかり晴れ渡っていた.最初山陰のトレイルを抜けると,ラルキャピークへと連なる,高くはないが険しい尾根の方向へと皆進んでいった.
暫く歩くと南にナイケピーク(Naike Peak:6,416m)が現れ,次にその左背後にマナスル北(Manaslu North:7,157m)を望む場所にやって来た.数日前から眺めているナイケピーク東面は黒っぽかったのに,ここからは白く,ヒマラヤ襞が綺麗だ.ひょっとしたら違っているかな~?
さらに行くと,ナイケピークから流れるシャンチャ氷河(Syancha Glacier)とラルキャピークの北を流れるラルキャ氷河(Larkya Glacier)が一つに交わる点を見下ろす位置にやって来た.氷河は黒いモレーンで覆われ決して美しいとは言えないが,それでもなかなか豪快な眺めを見せてくれる.
下は,サンドゥを出て氷河合流点までの写真いろいろ
氷河交差点を越えてさらに進む.やがてダラムサラ間近に至る.ここからはラルキャピークから続く尾根とラルキャ氷河(Larkya Glacier),またそのサイドモレーンをよく見上げることができる.
明日の朝,このサイドモレーンの上を行くトレイルで西のラルキャラに向かう予定だ.朝早く暗いであろうから,今のうちによく見ておこうっと.
10時半ダラムサラに到着した.2時間しか歩いてないが他に適当な宿泊場所は無いので多くのトレッカーはここで宿泊になる.現にドイツ16人隊,フランス7人隊などが到着し,テントを張り始めた.
ダラムサラの正面には無名の岩峰が聳え,左手東にはパンポチェ(Panpoche:6,620m)が見える.夕方には少し赤くなり,なかなか綺麗だった.正面谷あいの向こうには白い無名峰も頭を覗かせていた.
ダラムサラは,ラルキャフェディ(Larkya Phedi)とか,ラルキャレストハウス(Larkya Rest House)や,ゲストハウス(Larkya Guest House)とか呼ばれることもあるようだ.前者はラルキャ麓,後者2つは元々在った地元民の避難小屋に由来するのであろう.ダラムサラ(Dharamshala)と聞くと,北インドにあるチベット亡命政府のある地名を思い浮かべるが,Pさん,Rさんに関連や名の由来を訊ねると,単なる一つの地名です,ということだった.
ここには4つの建物があり,上述の非難小屋,キッチン,ダイニングルーム,そして10余りの部屋を備えたロッジだ.非テントトレッカーには十分な部屋数と思われた.この日は皆テントでロッジ泊は筆者だけだったかも知れない.部屋はもちろん写真のように,土間のビュンビュン風が通り抜ける構造で,天然生活が十分エンジョイできる仕組みとなっている.
昼間の暖かいうち,ポーターの皆さんはバレーボールの高所トレーニングや現金決済のカードゲームに興じていた.陽が落ちるとぐっと冷え込むが,それでも明け方の一番冷えるときでも室内は0℃程度に治まってくれたので助かる.
下は,ダラムサラでの眺め
さていよいよ明日は今回トレッキングのハイライト,ラルキャラ越えだ.わくわくしながら眠りに就こう.