ナザレを後に,英語のバトルと同意という北のバターリャに向かう.
マーカー20で示したのがポルトガルのバターリャ(Batalha).ジョアン1世建立のバターリャ修道院のある街.
野を越え,街を越えバターリャへと向かう.しばしば住宅の窓に進入せんとするサンタクロースの姿を見かける.野はこの季節なのに青々としている.
正式名は勝利の聖母マリア修道院( Mosteiro de Santa Maria da Vitoria)だそうだ.スペインからの独立を守り通した勝利を記念して,1388年ジョアン1世によって建てられたという.詳しく言うと,ジョアン1世が王位をかけ,スペインのカスティーリア軍と戦ったとき,圧倒的不利な形勢にありながら,最終的には勝利し,聖母マリアのお陰と感謝し,捧げた修道院.敗れていればポルトガルという国自体の存続が危ぶまれたそうで,それはそれは大事な勝利であったであろう.内部にはジョアン1世の棺が収めてあった.ゴシックマヌエル様式建築で,修道院,教会,創設者の礼拝堂,天井がない未完の礼拝堂などから成る.
下は,バターリャ修道院の写真あれこれ.全般に曲線の多い彫刻やレリーフは柔らかで美しい.
さらにバターリャ修道院の写真.天井がすっぽり開いた未完の礼拝堂は, ジョワン1世の息子ドゥアルテ1世が建設を始め,100年程工事が続けられたが,資金不足のためか未完に終わったそうである.
なお,この修道院は,1983年,『バターリャの修道院』(Monastery of Batalha)として,ユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されている.
バターリャ修道院の後,途中で休憩を入れながら一路ポルトへと向かった.ポルトの宿に入ったとき,辺りはすっかり暗くなっていた.