アスコーレへdrive to Askole

5日目,6月17日はスカルドから4WDでアスコーレへと向かった.

スカルドを発つleave Skardu(2,500m)

スカルドで一夜明ると晴れ

明けると晴れ

スカルドのマッシャーブルムホテルで一夜明けベランダに出ると,空気はヒンヤリ,空は晴れ渡り,スカルドを囲む山々がくっきり見えた.一部の峰々にはまだ残雪が見られる.夕べの洗濯物はすっかり乾いていた.スカルドの標高は2,500m,昼間は暑いがやはり朝夕は快適だ.

朝から時折ジェット戦闘機の爆音が鳴り響く.ガイドのAmさんに訊くと,F16戦闘機の訓練飛行ということだ.何しろここら辺は国境未確定,実効支配地カシミール防衛の重要な戦略拠点のようである.我々が乗り損ねはしたが民間機の離発着も一部兼ねた軍の空港もある.さらに新規軍専用空港を建設中とのことだ.また,このスカルドは辺り一帯の商業中心都市として結構大きなバザールもあった.

さてこれから天気はどうなるかな~?何分に山は天気次第だから.....

4WDでアスコーレに向けスカルドを発つ

4WDでアスコーレに向かう

ホテルからはトヨタのランドクルーザーとジープ(確かクライスラー)に分乗した.ランドクルーザーは現在の形とは全く異なっており,ほんまかいな~?と思ったが,確かにランドクルーザーの銘板が付けられている.何でも初期型らしい....

一方ジープであるが,やはりランドクルーザーと比べると乗り心地等は劣るそうで,日本の旅行社は,台数が確保できないときに限ってやむを得ず手配することにしているそうだ.またジープもトヨタのエンジンに換装しているケースが多いらしい.確かに,車の大改造はパキスタンでは当たり前に行われているし,ドライバの整備技術が高いのもまた凄いが.


下は,スカルドを発ち,東に進むときの写真

スカルドを発ち,東に進むときの写真
スカルドを発ち,東に進むときの写真 スカルドを発ち,東に進むときの写真 スカルドを発ち,東に進むときの写真 スカルドを発ち,東に進むときの写真 スカルドを発ち,東に進むときの写真

シガール川Sigar River

シガール川がインダスに流れ込む

シガール川がインダスに流れ込む

前述のようにスカルドの辺りでインダス川源流は湖のように広くなっている.また,そこにはいろいろな川が流れ込んでいる.その1つがシガール川で,スカルドから30分ほど走った辺りから見えてくる.これぞ私たちが目指すバルトロ氷河に連なる川なのだ.

川の辺には豊かな木立ちに包まれた集落が広がっていた.


シガール川に沿って道

シガール川に沿う道の眺め

シガール渓谷に沿って道,上記の合流点から少し先まで舗装されており,その先はダートとなるが,畑や集落,学校などが点在している.濃い緑の麦畑やジャガイモ畑,ポプラ並木が美しい.

揺れは激しく,しっかり掴まっていないとあちこちぶつかってしまう.


下は,シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景

シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景
シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景
シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景 シガール川の末端からそれに沿う道を遡上するときの風景

アリバゴン(ゴン)Gone

橋が流され4WDの出番

4WDの出番

道の所々には決壊したり,橋が流されている箇所がある.この道に関してはカッコとか度外視し,4WDでないととても進めないのは確かだ.それもかなりの性能や信頼性が要求されよう.実際走っている大半はトヨタで,いくらかジープが混じっているのは過去の実証経験に基づくものであろう.


シガール川の高巻き道を走る

ドライバの腕

濁流渦巻くシガール川の高巻き道を走るのはなかなかスリリングだ.ここはドライバの腕を信じる以外になかろう.実際,年季の入った車を操り,このような悪路を行く運転のスキルはなかなか大したもんだと思う.


アリバゴン(ゴン)

アリバゴンでランチ

暫くしてアリバゴン(若しくはゴン:Gone)と云う地に到着した.レストランがあって,その庭先を借りてランチとなった.我々の他にも2,3組の客がいた.スカルドからアスコーレの間ではランチの場所がまあ殆どないためのようだ.

ところでアリバゴンの地名は,かつてここに在住した旅人に対して親切なおじさんの名,アリバに因むという.旅人がある時を境にアリバおじさんを見かけなくなって,「アリバおじさんはどうしたの?」と尋ねたら,「アリバおじさんは逝ってしまった(Aliba has gone)」と教えられたそうだ.それが地名になったとガイドAmさんの話だった.


下は,アリバゴン(ゴン)までの写真あれこれ

アリバゴン(ゴン)までの写真
アリバゴン(ゴン)までの写真 アリバゴン(ゴン)までの写真 アリバゴン(ゴン)までの写真 アリバゴン(ゴン)までの写真 アリバゴン(ゴン)までの写真 アリバゴン(ゴン)までの写真 アリバゴン(ゴン)までの写真

土砂崩れLandslide

アリバゴンの後,4WDでどんどん進む

どんどん進む

アリバゴンの後,さらに奥へと進んだ.徐々に緑の地は少なくなり,従って村も疎らになってくる.今はまだいいが多分冬になれば雪で閉ざされ,孤立した世界になるのかな~?などと思いながら進んだ.


土砂崩れで車両通行できず

土砂崩れで車両通行できず

このときは大雨という訳ではなかったが,土砂崩れで道が埋没,車は通れなくなっていた.そこでここでは車から全部荷を下ろし,ポーターに先まで運んでもらい,人は徒歩で渡り,先で別の車に乗り換えてアスコーレに行くことになった.土砂崩れはまだ終わっておらず進行中で,ぱらぱら土砂が舞い落ちる中を,大きな音を立てないように注意しながら急ぎ足で渡った.

この土砂崩れは帰りのときは復旧しているかな~?と期待していたが,むしろその範囲が拡大してもっと大変になっていた.まあ,通行中に襲われなかっただけ幸いと思うしかなかろう.


下は,土砂崩れの現場辺りまでの写真

土砂崩れ現場辺りまでの写真
アリバゴン(ゴン)先から土砂崩れ現場辺りまでの写真 アリバゴン(ゴン)先から土砂崩れ現場辺りまでの写真 アリバゴン(ゴン)先から土砂崩れ現場辺りまでの写真 アリバゴン(ゴン)先から土砂崩れ現場辺りまでの写真 アリバゴン(ゴン)先から土砂崩れ現場辺りまでの写真 アリバゴン(ゴン)先から土砂崩れ現場辺りまでの写真 アリバゴン(ゴン)先から土砂崩れ現場辺りまでの写真

アスコーレに到着arrived at Askole(3,000m)

アスコーレのテントサイト

アスコーレのテントサイト

アスコーレは最も奥にある村で,周囲には畑が広がり,小さな集落が点在している.ここのポーターの皆さんが設営してくれたテントで今夜からテント生活に入る.

テントサイトは結構広く,米のK2遠征隊,ベラルーシのブロードピーク遠征隊,韓国学生のガッシャーブルム1峰,2峰遠征隊,イランのK2遠征隊などがテントを張っていた.イラン隊はわざわざネパールの高所ポーターを伴っているそうだ.私たちのように単なるトレッキングだけのパーティはここでは見かけなかった.ベラルーシ遠征隊に付き添っているというパキスタン軍リエゾンオフィサーの人から「どこに登るのか?」と訊かれたときはびっくりしたが,ここでは相対的にトレッカーは少なく,登山の人が多いのであろう.7月以降になれば或いはトレッカーが増えるのかも知れないが....

アスコーレ周囲の山

アスコーレの周囲は山

アスコーレの標高はちょうど3,000m,盆地状の大地の周りをぐるりと山が囲んでいる.周りの山の高さはいか程か?雪を抱く高い峰はは5,000mくらいはありそうだ.

テントサイトの必要条件は水の確保できる場所であるが,ここは水に加えて,数は少ないがトイレの設備も備わっていた.またアスコーレの村はそれなりの人口があるようで,常設モスクからアザーン(礼拝への呼び掛け)も聞こえてきた.


下は,アスコーレまでの写真あれこれ.とても腕のいいコックのSfさん,全38人のポーターの人たちとも顔を合わせた.

アスコーレまでの写真
アスコーレまでの写真 アスコーレまでの写真 アスコーレまでの写真 アスコーレまでの写真
アスコーレまでの写真 アスコーレまでの写真 アスコーレまでの写真 アスコーレまでの写真

さて今日は想定外,とは言っても結構頻繁に起こるらしいが土砂崩れに見舞われたが,アスコーレのキャンプサイトには所期の予定日に到達しほっとした.イスラマバードから悪化した筆者の風邪もようやく熱が下がり改善しつつある.夜中,真っ暗な中で空を見上げると星は降るように輝いていた.さて明日からの歩きが楽しみだ.



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