このカウマへ編では,2014/10/20(月)タシガオンのキャンプサイトで朝を迎え,朝食後先ずダーラカルカへと歩き,ここで早めの昼食.その後ウンシシャを経て,カウマのキャンプサイトに到着するまでの写真,それにこの日見かけた花や,翌日10/21(火)カウマ滞在時の写真を載せました.
タシガオン(6)から カウマ(7)に歩く.標高差が1,530mあり,急坂が多いそうで歩きがいのある日になりそうだ.
幸いタシガオンはいい天気で明けた.テントは夜露でびしょびしょではあるが.テント後ろのマニ石や仏像はまだ赤みの残る陽に照らし出されている.
ダイニングテントは畳まれ,地面に置かれたテーブルで朝食を頂いた.陽の光の中,快適だ.
蒸しパンに目玉焼き,ソーセージ,それに茹でたコレラの朝食だったようだ.確かこの前にお粥も出して貰ったと思う.朝食も毎日あまり変わらずこう云う感じだったと思う.
サイトの母屋にはMakalu Barun Hotel & Lodgeと名付けられたロッジやキッチンが付属,いやこちらがメインか,している.Hotel & Lodgeの意味合いがちょっと難解だが,ネパールでは頻繁に見かける命名だ.
それはそれとして,前日夕方のご主人に続いて,奥さんとお子さんが顔を見せてくれた.お若いです.帰りにもまた寄りますのでどうぞよろしく.
朝食後歩き始め,タシガオン村を歩き,抜けると村出口のマニ塚があった.タルチョーはすっかり色あせているが,それだけこれまで無数に風にはためき,そして同じ回数お経を唱えたことになるであろう.
トレイルはやがてジャングルに入っていった.シダ類が多くなり,木々はサルオガセなどの寄生植物に絡まれ,なかなか大変そうだ.やはり年間を通じて湿度が高いのであろうか.
少し行くと細いが急峻な谷川があった.一本橋が架かっていたが,流量が少なく,飛び石伝いに渡れた.良かった.
林の切れ目の明るいところで,子守中の女の子に出会った.きっと近くにカルカが在り,家族で滞在しているのであろう.
程なくまた林に入っていった.まだこの頃は天気が良いので,足取りは軽い.
再び林を抜けると小さなカルカがあった.毛の長さからするとヤクか?いやゾッキョか?
白黒模様の黒部分が,体全体の縮小コピーのような模様になっているのが面白い.しかも,3頭とも瓜二つ.きっと親子だ.
小カルカ先からまたジャングルだ.まあ,はっきりとは思い出せないが,この辺では幾度もこんな繰り返しだったのであろう.
一軒の編み竹屋根の小屋のあるカルカに着いた.見晴らしの利くところで,ここでちょっと一休みとなった.
とにかくこの日は上る日なので,休憩後はまた上りに入った.
小さな谷川があって,ここは少し下りになる.手前の大岩は雨宿りに良さそうだが,雨にはならないで欲しい.
私たちと同じでグループのトレッキングパーティが下っていく.顔立ちからすると欧州系のようだ.
今のところ日本人や,他エリアでは多いコリアンなどのアジア系トレッカーには会わないが,全体にトレッカーの数が多くないせいであろうか.
こうして見ると同じような景色の中を進んでいったようだ.まだ雨が降っていないので写真がいっぱいある.
2軒(だと思う)のバッティがあるダーラカルカ(Dhara Kharka)に到着した.建物は皆石室造りで,山の中に入ってきた雰囲気だ.水とキッチンが確保できるのでここが今日のランチ場だ.
天気が下り坂のようで,雲が多くなってきたようだ.何とか持ってくれ~
昼食を頂いた後,ルンタの架かるダーラカルカのマニ石脇を歩き始めた.やはり雲行きはちょっと怪しいかな~
ダーラカルカを出ると,徐々にガスが濃くなってきた.こりゃいかんな~とは思うが,こればかりは致し方ない.周囲の木立は黄葉が進み,晴れていれば結構きれいな筈だがいかんせん射し込む光の色温度は高いし,立ち込めるガスの不透明さがそれを妨げる.まあ,山だから仕方ないが.
急坂は続いた.多分目指すウンシシャ(Unshisha)の峠までこんな調子なのかも知れないが,まあ山だからこんなもんであろう.
ついに雨が始まり,カッパを着た.雨だとどうしても写真は撮り難いので,あまり写っていなかったが,概ねこのような雰囲気のところが続いたのではなかったかな.....多分.
マニ塚にルンタが掲げられたウンシシャ(Unshisha)に着いたようだ.雨の中で不鮮明なこの写真程度であまり写っていなかった.ここは幾つもあるシェルパ族がマニ塚やルンタ,タルチョーを掲げる峠の一つなのだが,その中で重要なポイントであるようだ,私たちは雨でそそくさと立ち去ってしまったのだが.
ウンシシャからも険しい道が続いた.これが青空の下であればいいのだが....
周りを望む尾根に出た.結構黄葉している.陽が射せば山丸ごと色付くであろうが,雲天下ではくすみ,ちょっと残念だ.惜しい.
濡れた石は滑り易い.苔が生えたところは苔ごと剥がれて滑ることがあるので,そこに載らないようにしなくては.
峠や頂ではないが真新しいルンタが架けられていた.はっきりした意味合いは理解してないが,聖なるトレイルなのであろうか.
この辺りからはシャクナゲが多くなる(例えばルンタの下).いや歩き始めたタシガオンや,ダーラカルカまでは一切なかったので,急に増えたようである.シャクナゲは葉っぱの形やサイズが異る複数種類が見られ,来年春咲くであろう蕾を付けたものも多い.
丘に出た.シェルパ族の慣わし通りマニ塚が据えられている.南の空に少し青空が覗いているが期待できるかな~
向こうの山中腹斜面に今日の宿泊地カウマのキャンプサイトが見えてきた.もうすぐそこだ.
そしてその山も,いま眺めているこの丘の場所も,シャクナゲだらけだ.きっと春はスゴイであろう.実はこの先歩くエリアもシャクナゲだらけで,ガイドさんの話ではで,規模はあの有名なゴラパニ地方以上ではないかと云うことだ.
1,530mの上りが終わり,4:20PMカウマのキャンプサイトに到着した.なおカウマはコングマ(Khongma)とも称するようだ.昼食後,急坂続きのトレイルで雨になったのは痛かった.サイトでは一軒のバッティの前の階段状斜面には既にテントを張っていてくれた.テントで荷物を解き,休むが9℃,夜は2℃まで下がり寒い.それと床は凸凹で傾いでおり,寝ているうちに身体が移動しているのは必至であろう.
トイレテントは一番上と中間部に2張り用意してくれた.実は格段を上下する石の階段トレイルはなかなかの難所で,暗い夜間は特に怖い.
サイト母屋にはShiba View Hotel & Lodgeの看板が架かるが,やはりHotel & Lodgeだ.それはそれとして,Shibaは何でしょう?辞書を見ると柴犬など載っているが.....
ここでは二泊するのでゆっくりできる.母屋のキッチンを覗くと,スタッフの皆さんが休んでいた.中の一人,ライ族(Rai)でキッチンボーイをしているシーリズームさんと話してみた.ライ族はリンブー族と共にキランティ(Kiranti)とも呼ばれ,キランティ語を話し,仏教やヒンドゥーとは異なる独自の宗教を有しているそうだ.彼は24歳でカトマンドゥ住まいであるが,弟一人,妹二人が近郷の村に両親と共に残り,こうして働いていくらかサポートしているそうだ.感心だ.ライ族のキッチンボーイはもう一人いるが,修行してシェフになって欲しいものだ.
また添乗Tさんに依ると,リンブー族はネパールでは稀な豚肉好みの部族だそうで,同類のライ族キッチンボーイが揃った我がパーティはこの先ポーク料理が大いに期待できそうだ.
標高が高くなり,花は少なくなった.
カウマのテントで夜が明け,10/21(火)の朝が来た.テント内は+1℃/663hPaだ.まだ薄明かりの外を眺めると見事なほとクリアな空が見えた.ところがである,明るくなるに連れ,東の空から雲が押し寄せてきて,あっと言う間に全天を覆ってしまった.
朝食後,多くの皆さんはマカルーのビューポイントに出掛けた.私は天気も悪いので怠けて,ここに居座ることにした.出掛けた皆さんはマカルーが良く見えたそうで,2,3時間後喜んで帰ってきた.良かった.
ロッジオーナーはシェルパ族の奥さんが店番している.販売用商品の他に食器なども並んでいる.キッチン兼用のショップのようだ.プレーヤーの単4電池が無くなったので訊いたら,置いてあった.助かった.2本100ルピー(100円強)だった.
ここのオーナー一族は常駐村タシガオンをベースに,ここカウマ辺りに土地やロッジを多く所有し,名の知られた高所登山ガイドやNY居住者など輩出している名門一家だそうだ.
フランクフルトのRさんはここのバッティで一泊し,表で顔を合わせた.互いに暇なので立ち話を交わす.スモーカーのRさんであるが,部屋にキッチンの煙が回りこんできて,あまり良く眠れなかったそうだ,Rさんは日本人の奥さんと結婚し,25年ほどになるという.ただ日本語は殆ど話せないようだ.奥さんは関西の実家に2年に1度くらいのペースで里帰りするそうだ.息子さんもしばしば行きたがるが,3人で行くには日本は費用が嵩み過ぎる,例えば3ベッドルームのホテルは無いので,3人で一泊最低70ドルの部屋を2つ取る必要があり,大変だ.
ネパールトレッキングは大好きで,奥さんと来たこともあるのだが,途中酷いトイレなどに遭遇し,耐えられず引き返したそうである.ご自身はこれまでマナスルサーキットが最大のお気に入りだったそうだ.歩き終わるまでは大変な苦しみだったが,暫くするとまたヒマラヤに来たくなる,実際10月には何度も来ているが,こんな天気の悪いのは初めてだ,とも.確かにそうですね~
但しこのロッジでは容易に水が確保できない.斜面下30分くらいの写真中央辺りに小さな池があり,ここから運んでくる.ただこの水は貯まり水で,完全に茶色になった泥水だ.飲むときはもち論煮沸してもらうのだが,沸点は100℃に満たないし,色は相変わらず酷い茶色だ.
ところが,私たち大勢がその水を使うので,その池が枯渇してしまった.こうなると大変で,ここから往復3時間の水場まで汲みに行く必要性に迫られた.ポーターの皆さん数人が,この3時間水場に出掛け,汲んできて下さった.この水は綺麗で,私たちには大変ありがたかった.
ところでバッティは元々トレッカーのためでなく,ここらの夏のカルカ滞在者や,さらに上のカルカ往復の中継用に建設されたのであろうが,当然水確保が難しいのは承知の上だったと思う.そんな水のない土地であるが,このバッティ直下にはもう一軒小さなバッティがあり,またその手前には石室のロッジが建設中だ.来春には営業しているであろう.まだ4ヶ月あるが,健気なもんだ.
シャクナゲは気が早い.来春咲かせるためにもうこんなに膨らんだ蕾を用意している.
カウマのサイトはトレイルの一部でもある.上から降りてきた女性トレッカーがテント脇を通過したので,挨拶を交わし,訊いてみた.マカルーBCから下山中で,BC辺りは天気が悪く,まあ最低近かった,と.ふくらはぎ辺りを指さし,『こんなに雪が』と教えてくれた.お気の毒に,私たちが雷雨に遭ったヌム辺りに居た頃,ちょうどBC辺りを歩いていたのであろう.
午後,一応雨が来ないようなので,マットや寝袋,溜まっていた洗濯物などテント上に広げてみた.とにかく全て湿っぽいので何とかしたい一心だ.しかし,やはり陽が当たらないし,気温は低いし,湿度は結構高いようだし,殆ど乾くには至らなかった.がっかり.
今回のトレッキングはこれまでのところ何もかも湿っぽいという印象なのだが,今後に期待しよう.
夜になると不思議なくらい良く晴れて,星が煌く.この傾向はこれまでも,これからも続く.夜間晴れて確かに星は綺麗だが,寒いし,朝の霜が多く,テントの濡れが酷い.あまり歓迎したくはない.
さて明日は最大の難所と言われるシプトンパス越えがある.どんなかな~