ツムリンタールへFly to Tumlingtar

このツムリンタールへ編では,2014年10月15(水)カトマンドゥのアンナプルナホテルで朝食後ここを発ち,空路ツムリンタールを訪れたときの写真を載せました.


カトマンドゥとツムリンタール付近のGoogleマップ

カトマンドゥ(1)からマカルーBCへのスタート点ツムリンタール(2)へはブッダエア(Buddha Air 仏陀航空)のフライトを利用した.

ツムリンタール空港はエベレスト街道のルクラやアンナプルナ街道のジョムソンと較べて平地近くに位置しているため,フライトキャンセルは少ないようだ.

カトマンドゥを発つleave Kathmandu 1,400m

朝のダルバールマルグ

朝のダルバールマルグ

前ページでも触れたが,アンナプルナホテルで10月15(水)朝を迎えた.昨夜の雨は上がり,晴れているようだ.別棟のコーヒーショップで普通のコンチネンタルスタイル朝食を美味しく頂いた.これ以降暫くは山中になるので限定的な食事が続くであろう.

朝食後私たちはサーダー(チーフガイド)のGさんを紹介された.....いや,ひょっとしたらGさんでなく,前夜現れたカトマンドゥ担当のJさんを改めて紹介してもらった,だったかな~?(脳軟化は進んだ)よろしくお願いいたします.そして早速同氏の案内で専用バスに乗り,ホテル前のダルバールマルグ(Durbar Marg 王宮通り)を通り,トリブバン空港,国内線ターミナルへと向かった.ダルバールマルグの突き当りにはピンクの旧王宮が見えている.王制は無くなり,共和制に変わったが,観光客から見える範囲ではさしたる変化は感じられないように思う.国民にとってはどうなんでしょう....?


世界遺産パシュパティナート

世界遺産パシュパティナート

バスはネパール最大のヒンドゥー寺院パシュパティナートの前を通った.川の前に火葬場が設けられているところだ.世界遺産(文化遺産)『カトマンドゥ渓谷』の対象範囲のようで看板が架けられている.


トリブバン国際空港国内線ターミナルへ

トリブバン国際空港国内線ターミナルへ

バスはトリブバン国際空港に着いた.そして国内線ターミナルへと歩く.国内線の預け入れ荷物は15kgであるが,一部をアンナプルナホテルに残し,既に支給された70lのダッフルバッグに詰め替えてあり,ポーターさんが運んでくれた.70lは3週間分の衣類や寝袋を入れるのにほぼ十分な容量で,また15kg以下という要件を満たしていた.


建設中の新しい国内線ターミナル

建設中の新しい国内線ターミナル

現在の国内線ターミナルだけでは手狭なのであろう,それに隣接して新しい建物を工事中であった.前日までの大雨で溜まった水が通路を覆っている.幸い今朝は雨が上がり,青空が出ているのでちゃんと飛ぶであろう.


カトマンドゥ現ターミナルで待つ

現ターミナルで待つ

この狭いターミナルで出発案内を待つ.案内表示は一切なく,異常にがなり立て,また判り難いアナウンスが頼りだ.尤も団体ツアーなので添乗Tさんや,日本語の達者な案内Jさんのお知らせを待つだけ,大船に乗った気で居ればよいのであった.


ツムリンタールへ飛ぶfly to Tumlingtar

ブッダ航空281便は1時間ほど遅れで発つ

ブッダ航空281便は1時間ほど遅れで発つ

カトマンドゥ10:20発予定のブッダ航空281便は1時間ほど遅れて発つことになった.もしキャンセルになった場合は長時間悪路を車で行く代替案もあるだけに,たとえ数時間の遅れ程度であれば飛ぶのはめでたいことだ.


高層ビルが建っている

高層ビルが建っている

搭乗した281便機は滑走路に向かった.窓を見ると20階くらいであろうか,高層ビルが建っている.集合住宅のようだ.以前見たことがなかったので最近建てられたのであろう.今でも過密なカトマンドゥの環境がさらに悪化するのであろうか.....

また駐機場には軍のヘリコプターなども並んでいる.ネパールに空軍はないが,陸軍に属する航空旅団と空挺旅団があり,そうした軍の装備であるようだ.


ツムリンタールへ飛ぶブッダ航空281便機材はビーチクラフト1900(Beechcraft 1900)

ブッダ航空281便機材はビーチクラフト1900

281便機材はビーチクラフト1900(Beechcraft 1900)だった.双発ターボプロップエンジンで客席は片側一列,19人乗りのアメリカ製小さな機体だ.短い滑走路で離着陸可能で,ネパールには向いているのであろう.

ブッダ航空のビーチクラフト1900同型機は3年前の2011年9月25日,遊覧飛行から戻る途中このトリブバン国際空港近くで墜落し,乗員,日本人含め乗客合わせて19人全員死亡の事故を起こしている.ちょっと怖いフライトではある.


ツムリンタールへと飛び立つ

飛び立つ

機はツムリンタールへと飛び立った.あっと言う間にカトマンドゥ盆地を抜け,眼下には山間の地が展開された.ヒマラヤ山中方面は雲が厚いようだ.


ガウリシャンカール (Gaurishankar)が見えた

ガウリシャンカール (Gaurishankar)が見えた

少し行くと,雲の上にガウリシャンカール (Gaurishankar 7,134m)が見えてきた.双耳峰が極めて特徴的で,同行のMさんに聞くところ,1800年代中頃には世界最高峰と信じられていたそうで,実際ネパール語で『世界最高峰』の意味らしい.

ガウリシャンカールは,まだ私が歩いたことのないロールワリンヒマール山群にあり,ネパール/チベット国境に位置しているようだ.


エベレストやローツェも見える

エベレストやローツェも見える

さらに東に進むとエベレスト(Everest 8,848m)やその右にローツェ(Lhotse 8,516m)も見えてきた.エベレストはイエローバンドの形から容易に識別できる.左は多分チョオユー(Cho Oyu 8,1885m)だと思うが....確信がない.


ツムリンタールへ向け高度を下げる

高度を下げる

30分余り飛ぶと高度を下げにかかった.外界は樹木の多い,少し熱帯的景観に見える.ツムリンタールの標高は430mだというから,まあ納得できよう.


ツムリンタール着get to Tumlingtar 430m

ツムリンタール空港に到着

ツムリンタール空港に到着

12:15PM,281便はツムリンタール空港に到着した.定刻より1時間15分遅れたようだ.滑走路はちゃんと舗装されており,駐機も殆ど無く,また発着も殆ど見えずのんびりした空港だ.カトマンドゥからはこの281便1便だけで,他にビラトナガール間のフライトがある程度らしい.いい空港だ.


ツムリンタールのロッジまで歩く

ロッジまで歩く

機を降りると私たちはリュックを背負い,空港近くのUrbashi Cafe & Resirt lodgeに歩いた.バッフルバッグは別途車で運んでくれるという.他のネパールトレッキングの開始点は概ね山中であるが,ここはかなり平坦な地形で,畑が多く,実に長閑なところだ.尤もトレック開始点は明日車で行った先のチチラ(Chichira:1,890m)からではあるが.そこはやはり山間かな~?


ツムリンタールのロッジ前大通り

ツムリンタールのロッジ前大通り

これがツムリンタールのロッジ前大通り.ちゃんと舗装されているから都会だ.通りの先の山には雲が架かっているが,晴れればマカルーやピーク6が見えるという.そして明日はこの方向,チチラに向け車で行く予定になっている.

反対側はネパール第2の都市ビラトナガールの方向で,次の朝未明からそこに向かうバスが幾台も発っていった.出発合図の容赦無い大音響ホーンには閉口させられた.


ツムリンタール大通り周りの食堂

道端にかまどを据えた食堂

ツムリンタール大通り周りの食堂(いや居酒屋か?)は雑貨屋も兼ねている.大抵軒下に土製のかまどを備えている.ただ食事の客も雑貨の買い物客も疎らだ.疎らな客でも何とか倒産しないで営業していけるのであろうか?大丈夫なようだ....

ツムリンタールは低地であるので,前を通っている婦人のようにインド人的風貌の人が多い.チェトリなどヒンドゥーの人たちではなかろうか.これが明日から向かう北の山の方に行くとマガールやシェルパなど,チベット仏教徒が多くなる筈だ,きっと.


ツムリンタールUrbashi Cafe & Resirt lodgeの部屋

Urbashi Cafe & Resirt lodgeの部屋

ロッジは3階建だが,1階部分はショップやレストラン,3階部分はまだ工事中で,客室は2階に限られていた.で,部屋が足りずMさんなど幾人かがくじ引きで,3階や屋上にテントを張るはめになった.

私の当たった部屋は形式的には3ベッドルームだった.窓は防虫ネットと鉄格子でガラスは無い.多分真冬でも然程冷え込まないのであろう.

電気は来ている(配電あり)のだが,なぜか停電で夕方になると真っ暗になった.台風や降雪でもないのに停電するのがネパールの常ではあるが.


ツムリンタールの夕食はダルバートにチキンカレー

夕食はダルバートにチキンカレー

一階のレストランに降り,夕食を頂戴した.灯りが点いていたが,夕食時だけお店の自家発電を作動させるそうだ.写真は殆ど食べ終えたところだ.既に私たち専属のキッチンスタッフの皆さんが揃っていたが,翌日からの忙しさに備え,この日はロッジのご主人の作だそうだ.で,ネパールでの食事ではこれ,いやこれ以外ない,ダルバート(豆スープにご飯)とチキンカレーだった.味はまあ,こんなものであろう.

食事が済むと思いがけず,メンバーのY夫人のお誕生日ということで,バースデイケーキが出され,皆でハッピーバースデートゥーユーを歌い,ご相伴にあずからせてもらった.Yさんの誕生日は毎年変わりなくトレッキング最適時のこの日なので,よく祝福してもらうそうだ.いや~結構なことですね~


トレッキングスタッフの紹介

トレッキングスタッフの紹介

夕食の終わる頃サーダーGさんからシェルパやシェフPさんはじめキッチンスタッフ,ポーターの皆さんを紹介してもらった.殆どはカトマンドゥから路線バスで来てくれたそうだ.部族については,サーダーGさん初めとしてマガール族の人たちが多く,他にシェルパ族やライ族の人も数人づつ入っている.皆さんよろしくお願いいたします.

なおアルン川(アルンコーラ)越えの前後辺りの荷揚げではロバと地元のロバ方さんが加わるそうである.


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