遍路14日目(2018年3月14日)晴れShikoku Pilgrimage day 14

この遍路14日目編では,2018年3月14日ホテルオレール西条を出て,新居浜市を通り,四国中央市を通り,別格12番延命寺を参拝し,松屋旅館に着いたときの写真を載せました.

遍路14日目周辺マップと札所(マウスonで名称出ます)


 

ホテルオレール西条を出る

朝の西条市街を行く

朝の西条市街を行く

3月14日,ホテルオレール西条で朝を迎えた.窓を開けると爽やかに晴れている.晴れはいいな~やはり.

そして身支度を整え,チェックアウトし,西条市街を東方向に歩く.


畑地帯になる

畑地帯になる

暫く行くと市街地を過ぎ,畑地帯になった.畝上にキャベツやネギといったごく一般的な野菜が栽培されている.関東ではこの冬,野菜がバカ高かったが,素人目だがここで見る限り生育は順調に見える.


朝の静かな川

朝の静かな川

川に出合った.川の名前ははて何だったか...マップを見ると渦井川(うずいがわ)であろうか.向こうの山を映す水面はとても静かで流れは緩やかなようだ.


とうしん石鎚庵

とうしん石鎚庵

そのうち遍路道脇の『とうしん石鎚庵』に出合った.まだ歩き始めたばかりで休憩はしないが,ありがたいことだ.ぐぐってみると,とうしんは東予信用金庫のことで,社会貢献の一つとしてこうした小屋を提供してくれているようだ.


新居浜市を通る

西条市を過ぎ新居浜市に入る

西条市を過ぎ新居浜市に入る

どうやら西条市を過ぎ,新居浜市に入ってきたようだ.眺めが急に変わるといったことは全くないのだが,住居表示やマンホール蓋などでそれと知ることがある.

この辺りの遍路道は交通量が少なく,眺めも長閑で快適だ.


遍路道は国道11号線になる

遍路道は国道11号線になる

やがて遍路道は国道11号線になった.ただこの区間はいい歩道が備えられていたので,これまた快適に歩ける.


新居浜市の消火栓蓋

新居浜市の消火栓蓋

道路に埋め込まれた新居浜市の消火栓蓋は,ひと目でそれと判る消防士の絵が,多分新居浜市の名勝であろう渓谷と赤い橋の背景と共にあしらわれていた.なかなかいい.

新居浜市では空気弁の蓋など,他の道路埋設設備のメンテ用蓋もまた彩色された絵柄で工夫されていた.


JR予讃線のラッピング電車が行く

JR予讃線のラッピング電車が行く

そのうち遍路道はJR予讃線脇となった.そしてアンパンマンなど漫画キャラクターを描いたラッピング電車が走っていった.JR四国のアンパンマン列車は,前回土佐久礼で宿が取れず,そこから離れた窪川駅に確保して,その間行き来した際乗ったことがあった.


殆どお城のような住宅

殆どお城のような住宅

遍路道はまた大通りから離れ,住宅街となった.時どき随分立派な住宅に出合う,写真のお宅などはもう殆どお城のようですね.


新居浜市の住宅街は続く

新居浜市の住宅街は続く

小さな神社,クリニック,普通の住宅...と並ぶ住宅街が暫く続く.


新居浜市の喜光地商店街

新居浜市の喜光地商店街

遍路道は新居浜市の喜光地商店街を通った.アーケードで雨の日もゆっくりショッピングが楽しめる.結構長い距離お店が並んでいる.ただ開いてないお店が間々あるのは他都市商店街同様だ.


今度は愛媛信用金庫さん提供の遍路小屋あり

今度は愛媛信用金庫さん提供の遍路小屋あり

先程は東予信用金庫提供の小屋であったが,今度は愛媛信用金庫さん提供の遍路小屋だ.信金さんありがとうございます.

ここで腰を下ろすと,お接待のみかんやジュース等が置かれ,みかんを頂戴した.ごちそうさまでした.


自動精米店

自動精米店

さて次の住宅街を行くと,自動精米のお店があった.ほんと四国ではよく見かけますね.やはり味に拘る消費者が多いのでしょう.


傾いたカフェ

傾いたカフェ

地震で一階部分が潰れて,二階部分が傾いて残ったか,と尋常ではないアイキャッチのお店が道路反対側に見えた.カフェか何かのようだ.まさか中の床は傾いてないでしょうね....

まあこれからもこうしたユニークさを盛り込んでいけば,経営が傾くことはないでしょう.


四国中央市を通る

遍路道は少し丘に上り,山と谷を望む

遍路道は少し丘に上り,山と谷を望む

そのうち遍路道は少し丘に上り,山と谷を望む位置になった.北海岸側に寄っているが,名のように四国東西の中ほどに位置する四国中央市のエリアになったようだ.周囲が山で囲まれた低地は田んぼが多いようである.


四国中央市の標識

四国中央市の標識

遍路道丘の辺りには四国中央市の標識が掲げられていた.そしてこの辺りで久しぶりに昭島のKさんに再会した.そして特に宿泊情報など交換する.Kさん自身はこの先まで行くが,暫く後ろを歩いている筈という大阪のHさんは私と同じ松屋さんの予定だそうだ.


四国中央市の住宅街を進む

四国中央市の住宅街を進む

四国中央市の住宅街も特段変わったことのない普通の住宅街だ.道路も空いており,Kさんとおしゃべりしながら歩く.


橋から内陸を望む

橋から内陸を望む

しばらくして小さな川の橋を渡った.そこから内陸(南)を望むと,住宅の点在する田んぼや畑の平地の背後に,低いが直ぐに山が連なっている.四国中央市はかなり山地の多い市なのではなかろうか.


別格12番 摩尼山 延命寺(まにざん えんめいじ)

別格12番 延命寺に至る

別格12番 延命寺に至る

別格札所は初めてだが,遍路道近くなのでお参りすることにした.

平安前期,弘法大師がこの地に松を植え,そしてその後再度訪れた際,植えた松の木の下で足の不自由な人(いざり)を見た.そこで大師は千枚通し霊符(どのようなものか理解してないが)を創札し,霊符を一枚水に浮かべて飲ませると全快した,ということだ.

その松はいざり松と称され,大木として残っていたが,50年ほど前に枯れてしまったようだ.


別格12番延命寺本堂

別格12番延命寺本堂

山門から入り,右側にある本堂に進んだ.本堂は方形屋根の比較的小型なタイプだ.行基菩薩の開基で,地蔵菩薩を本尊に祀っているそうだ.そして本堂前に進み,普通の札所と同じように経本を広げて般若心経を読んだ.


別格12番延命寺大師堂

別格12番延命寺大師堂

境内左端に大師堂があった.ただ少し変わった構造で,写真の玄関を入り,左に曲がった奥に大師像の安置された参拝所が置かれていた.


別格12番延命寺大師堂と納経所

延命寺大師堂と納経所

ここがその参拝所(奥側)と納経所(手前)だ.

奥で読経し,納経帳に墨書きを頂こうとしたが,だれもいない.隣の居宅で声を掛けると,住職の奥様であろうか,出てこられてご朱印と墨書きを頂いた.


松屋旅館

ドジを踏む

ドジを踏む

延命寺参拝が終わると,近くにある筈の松屋旅館の方向(のつもりだった)に向かった.先ずは延命寺前の通りを歩いてきた続き方向に歩き,予讃線の踏切を渡った.

少しして,延命寺山門に入るとき,一旦遍路道から曲がったことをようやく思い出し,戻った.単純な行程の筈だったがやはり間違いがあったか.


松屋旅館に到着

松屋旅館に到着

間違い道から遍路道に戻り,進むと程なく松屋旅館に到着した.ちょっと早すぎたようで,誰も居らず暫くお向かい醤油屋さんの石に腰掛けて待つ.そして女将さんが,入院中で一時帰宅するというご主人を乗せた車で戻ってきた.

そしてお風呂やランドリー,ダイニングルームの案内を聞き,部屋に入った.


松屋旅館の部屋

松屋旅館の部屋

松屋旅館の部屋は普通くらいの広さで,少し古びた感じだ.座布団に穴が見えるなど経営も苦しいのかも知れない.後で女将さんがいろいろこぼすのだが,ご主人が6年に渡り入退院を繰り返し,殆ど一人で営業しているので大変そうではあった.

ということで,まだ他の客もおらず,直ぐにお風呂に入り,また洗濯もした.


松屋旅館の夕食

松屋旅館の夕食

さて夕食時間になり,ダイニングルームに行く.ここで久しぶりに大阪のHさんと再会し,今後のルートや宿に関して情報交換する.ルートについては順打ちなので概ね同じようなもので,しかも歩く速度や距離もまた同様で,宿の立地も似たものになる.いろいろな宿情報は大変ありがたい.

夕食はカツオのたたき,煮魚,もずくの酢の物,とんかつなど私向きで,美味しかった.

この日は私とHさん以外に,少し遅くなって女性客が寄ったが,素泊まりのようで,ダイニングルームには現れなかった.



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