ドマルを朝に発ち,アクサイチンに向かった.
ドマルを出て,西北に向けて走り始めた.この辺りから暫くは国境未画定,ただし中国が実効支配とされるエリアだ.そのため,中国政府が所々に軍の駐屯地を設けてあるようだ.この日は天気が悪く,また高度が比較的高いためか,道端の流れには氷が張っている.
やがて紅土大坂と名の付いた峠に至る.珍しく標識が掲げられ,海抜5,230mと記されている.名のように周りは赤土で満たされている.
チベット自治区の殆ど西端まで進んできた.脇の少し高いところは雪を被っている.鹿が斜面を横切ることはあっても,遊牧民や家畜を見ることは少ない.一層厳しい環境のエリアだ.
やがてこの区界碑の立つ丘に至る.海抜6,700mと記されているがこれは明らかに間違いだ.上述の紅土大坂と同じくらいの高さのようだ.以前から誤りが指摘されているそうであるが,どうして直さないのか不思議だ.ところで何処と何処との区界なのかは,聞かなかった.チベットとウイグルの境界は少し先にあったが.....これとは違うようだし....
区界碑の近くから暫くの間,このロムツォと呼ばれる美しい湖が見える.水の色が深い青で,対岸の白い峰との対比でさらに映える.
ロムツォを眺めながら走ると,ウイグルとの境界に至る.政治的な線引きであるので,暫くチベット的な光景に変わりはない.
下は,区界碑の辺りの風景.
ウイグルに入った辺りから雪が少し大降り気味になってきた.ぬかるみが多くなり,周りの白さも増えてきた.
ただ幸いなことに本降りに至ることはなく,やがて青空も見えるに至った.青空になると雪の峰が美しく輝く.都合よく,あと少し降らないかな~と思う.
やがて小さな集落に到着した.小さな茶屋は皆バラック建築の質素な作りだ.一軒の茶屋で,我々のコックさんやキッチンスタッフがここのキッチンを借り,昼食を用意してくれた.
下は,集落に来るまでの眺め.
この日は大紅柳灘という所まで進む予定である.ただ途中雪道になったのが要因で,どうやら目的地までの到達が難しい状況になり,夕刻適当な宿泊地を探してテントを張ることになった.
テントを張る場所は,川の近くで水が得られ,ある程度平らなスペースが確保できると云う条件で選ばれたようだ.それがこの道路工事の宿舎だった場所であった.
トラックからガスボンベやテントを下ろし,スタッフの皆さんには水汲みからテント設営,炊事といつものように頑張ってもらった.なお建物内の一室はキッチン/ダイニングルームとしても使わせてもらったのでダイニングテント設営は省くことができた.
道路標識に誰が貼ったのかCYCLIST’S INNの張り紙があり,多分これを見たのであろう,ライプチヒから来たという男性が我々の食卓に加わった.この日は30km走ったそうで,さすが食べっぷりは我々とは桁違いだ.なおサイクリングはライプチヒからスタートし,イタリア,トルコ....と経由し,ここまでに来て,最終目的地はカトマンドゥだそうだ.
雪が散らつくし,高度計は4,600mを指しているし,ここはかなり寒そうだ.テントを設営してもらって暫くすると少し雪が付着し,う~ん,どれくらい寒くなるやら,と食事後シェラフに潜り込む.周りに遊牧民がいないせいか,珍しく犬が見当たらないので,夜間のトイレ行きにも支障がない.明け方,テント内の温度計を見ると,-1℃を指しており,これまでのテントでは最も下がったようであった.でも翌日からはホテルなのでこれもまた良かろう.
下は,アクサイチンの写真あれこれ
さてこうして予定外のアクサイチンの荒野に宿泊し,明日は都会のイェチョン(アーバン)まで一気に下る.