このページはビシュケク編で,7月12日,イシククル湖を発ちトクモクの街に来て,カザフ民家でカザフ料理を頂く.そして午後バラサグン遺跡を訪れブラナの塔や石人を見物し,次いでビシュケクに至り少し街を眺め,レストランでケバブの夕食を食べ,Jannat hotelに宿泊するまでの写真を載せました.
この日はイシククル湖16でクルージングの後チョルポンアタ24から,トクモク,バラサグンを経由し首都ビシュケク25に移動した.
私たちの車は,イシククル湖からトクモクに向かった.街道沿いにはいろいろ露店を見かけるが,アジの開きのような干物が売られている.ガイドTさんに訊くと,別にイシククル湖で捕れた魚ではないらしい.
ということは,この辺りの気象が干物造りに適しているということか?
ストップサインが出ていて,線路もきれいなので確実に運行されている鉄道のようだ.残念なことに走っている列車は見ることができなかった.
杏子やさくらんぼであろうか,売り子さんが大勢固まっている.
こちらはユルトを建て,本格的な売店.とは言っても商品そのものは道端のスタンドに並べた馬乳酒やチーズなどの乳製品だけのようだ.
やがて道路はカザフスタン国境のチュー川(Chu river)に出た.チュー川は天山山脈北部に源を発し,この辺りから100km余りに渡ってカザフ/キルギス国境を成しているそうだ.途中水は両国で消費され,最終的にはカザフスタンのステップで消滅するそうだ.
ところでチベット語やゾンカ語(ブータン)でも川のことを『チュー』と言うが,関係があるかガイドTさんに訊いてみた.Tさんの見解では偶然で,関係ないでしょう,とのことだ.
比較的大きなモスクが現れた.トクモクの街に入ったようだ.
トクモクは標高816mに位置し,チュー州の州都で人口5.3万人くらいだそうだ.ここには大きなガラス工場があるそうだが,以前Acさんの小型ベンツバスの割れたフロントガラスを国内品に交換すれば安く上がる,と話していたが,ここの製品かも知れない.
当たり前であろうが,大きな街なので集合住宅も揃っている.アンテナの林立からするとちょっと古い時代の建設かな.
私たちはカザフ族民家で昼食を頂くためトクモクの住宅街を訪れた.
ウズベキスタンに近いフェルガナ途中ではウズベク家庭を訪問したが,ここはカザフスタンが近いので,カザフ族が多いのだろうか.
立派な塀と,門扉で囲まれている.中のエプロン姿がこちらの奥様.
トマトとなすの挟み揚げなど,他と共通であろうが,大きな肉饅頭はこれが初めてで,美味しかった.
それと途中添乗Toさんが仕入れてくれたさくらんぼ,これまた美味しかった.
裏庭には野菜畑があり,ランチに出してもらった野菜などが栽培されていた.また家畜小屋があり,羊が見えた.些かハエがうるさかったのはこのためか.
お昼を頂いた後,バラサグン遺跡(Balasagun ruins)へと向かった.少し南に逸れた場所にあるようだ.
短時間でカラハン朝の首都だったというバラサグン遺跡に着いた.正面にブラナの塔(Burana Tower)が建ち,手前にはキルギスタン各地より集められたという石人(Stone Sculpture)が点在している.さらに右の丘はカラハン王朝(Qarakhanid Dynasty)宮殿跡の盛り土ということだ.なお盛り土はあまり高くないが宮殿周囲を囲むように一周している.
ブラナの塔は11世紀初めにカラハン朝が建立したミナレットで,45mの高さがあったそうだ.それが15,6世紀に地震のため倒壊し,24mの現在の高さになったという.
ブラナの塔は焼きレンガ造りで,リング状に色が付いているので2種類のレンガを組み合わせたようだ.また表面は凹凸のパターンが描かれるように積み上げられ,セメントで固められている.
ここもまた数日前上ったウズゲンのミナレットと同じように狭く暗い階段だ.またしてもランプを忘れたのがまずかった.
なおウズゲンのミナレットもここと同じカラハン朝が同じ頃建設したので,同じように上り難い階段の流儀で統一されているわけだ.単にミナレットだけでなく監視台機能も兼ねていたというから,敵の侵入を阻もうとこうした設計にしたのかも知れない.
屋上から眺めるとぐるっと囲む盛り土が見えたと思うが,改めてこの写真を見るとどうもはっきりしないな~
石人は右手に必ずグラスを持っている.土地柄馬乳酒であろうか.グラスの形はワイングラス状であるが,馬乳酒グラスも同じかな?
なお左手に持つは剣のようである.
どことなくトリスのおじさんのような雰囲気.....まあ,違うであろうが...
石臼があった.対の相手石も見ないとよく判らないのだが,孔が偏心しているのが普通の石臼と違いますな~
さてバラサグン遺跡の見物が終わったので,一路ビシュケクへと向かった.でかいモニュメントが立てられているが,ビシュケクの街ではなさそうだし,では州の境か?
また戦闘機のモニュメントがあった.主翼が胴の上にある.イシククル湖南岸で見た戦闘機は主翼が下側にあったので,違う機種だ.
チュー川が再び見えるようになった.この辺りに来ると水位は上がり,少し雨が多めに降れば一面水浸しになりそうだ.道路まで被りそうな気もする.でも実際は大丈夫なのでしょう.
丈の高いトウモロコシだ.実は食用に,茎は家畜の餌になるのか.
なおこれまで廻ったエリアでトウモロコシはあまり見かけなかったか.....いや,オシュの近くでも畑が茂っていた.
牧草が刈り取られ,束にされた干し草が畑に転がっている.この光景はイシククル湖脇でもよく見かけた.どちらも家畜が多いのだろう.
煙突が聳え,煙を吐いている.火力発電所と聞いたと思う.キルギスタンは水が豊富で水力発電量が多いそうだが,首都はそれでも足りず火力発電を併用しているそうだ.なお原発はないそうだ.
トロリーバスも走っている.ということでビシュケクの街に入ったようだ.
4本ミナレットでドームデザインなど明らかにキルギススタイルとは異なる.トルコ政府が寄贈したモスクだそうだ.確かにトルコのモスク様式だ.
車はビシュケク都心部に入ってきた.緑濃い印象で,なかなかいい.
以前はどこにでもあったレーニン像だが,今は少なくなったそうだ.この像は以前アラトー広場にあったが,2003年ここ博物館裏に移されたという.撤去するには忍びなかったということか.
挙げた右手の先にはある官庁があり,汚職の巣はあそこだ,と示しているというジョークがあるそうだ.
これがレーニン像右手の先にある建物.立派な建物だ.
アラトー広場と周辺は工事中のため閉鎖中だった.右側足場の組まれているのはサリモゴル村で6歳の女の子が語ってくれたマナス叙事詩のヒーローマナス像で,やはり補修中だ.
アラトー広場周辺は木立や芝生の公園で,実に美しい.
このレストランで夕食となった.店名が書かれているのだが....読めない.
ここではガイドTさん,ドライバAdさん,Acさんも一緒のテーブルに座れた.まあ,多くの場所で一緒だったが,ツアーでは珍しいかもしれない.ただAdさん,Acさんはまだ私たちをホテルまで届けるので,飲むことはできない.
これまでで一番くらい,あるいはカラコルのGreen Yardホテルレストランと同じくらいか,きれいなレストランだ.
メインはケバブで,マトンやビーフだったと思う.ビールはここでも変わりなく美味しかった.終わりの夕食なので2本飲んだ.
夕食後は車でJannat hotelまで送ってもらい,チェックインした.
遅くなったがまだ少し陽が残っているようだ.
広々したロビーでなかなかいい.
部屋は十分広く,設備も新しい.何よりも照明が明るいのがいい.
但し,窓の向こうは建設中の大きな建物(このホテルの増設か?)があり見晴らしはよくない.まあ夜なのであまり関係ないが.
バスタブがあった.湯もたっぷり出て結構だ.
左が窓の真ん前の工事中建物,右は別の工事中の建物.どちらもホテル風だ.
こうして見るとビシュケクはホテル建設ラッシュのように見える.
さてこれで観光日程は終わった.明日の朝は中継地イスタンブールに向かう.