チョルポンアタCholpon Ata

このチョルポンアタ編では,7月11日スキタイ古墳クルガンを見物した後,車で西進を再開し,チョルポンアタ手前のホテルKarven Issykkulに行き,ここで荷を降ろし,昼食.午後は野外岩絵博物館に出かけ,幾つか岩絵を見物し,またホテルに戻って休憩し,夕食を頂いたときの写真を載せました.


チョルポンアタ付近のGoogleマップ

マーカー23の古墳クルガンから,一旦チョルポンアタ手前のホテルに行き,午後チョルポンアタ24の野外岩絵博物館に出掛けた.

チョルポンアタ近くのホテルへgo to a hotel near Cholpon-Ata

南天山(テルスケイアラトーTerskei Alatoo)山脈

南天山(テルスケイアラトーTerskei Alatoo)山脈

古墳クルガンからどんどん西に進む.イシククル湖を挟んだ南側の南天山(テルスケイアラトーTerskei Alatoo)山脈がくっきり見えて美しい.


北側の北天山(クンゲイアラトーKyungei Alatoo)山脈

北天山(クンゲイアラトーKyungei Alatoo)山脈

北側には低い山々の間から,ときどき北側の北天山(クンゲイアラトーKyungei Alatoo)山脈が姿を見せる.こちらはカザフスタンとの国境辺りに聳えているようだ.


牛のお尻を眺めてゆっくり追い越す

牛のお尻を眺めてゆっくり追い越す

馬上のカウボーイ青年が牛を連れていく.馬と比べると牛は幅がある.私たちの車は牛のお尻を眺めながら少し横に寄ってくれるのを待つ.寄ってくれたら透かさず追い越す.


チョルポンアタ手前実った麦畑

実った麦畑

麦畑で,この色あいからするとそろそろ刈り入れ時期であろう.イシククル湖脇は広いし,作物の種類が多い.


チョルポンアタ近く,馬は脚だ

馬は脚だ

人馬一体,軽快に乗るこの人にとって馬は脚なのであろう.山道も行くのでオフロードバイク,いやそれ以上の機動性があるのだろう.


Karven Issykkulに到着し,チェックイン

Karven Issykkulに到着し,チェックイン

車はKarven Issykkulに到着し,チェックインした.私たちは普通のホテル形式の部屋だが,それ以外,広大なスペースにはコテージスタイルの建物がたくさん並んでいる.


Karven Issykkulホテル普通の客室

普通の客室

こちらが一泊する普通の部屋だ.一階なので眺めはなかったが,新しくて綺麗だ.

いや問題があった.バルコニーのロックがややこしい.教えてもらって練習し,ようやく開閉できるようになった.簡単にしてくれればいいものを.


こちらがコテージの並び

こちらがコテージの並び

レストランに出かけるためにコテージ通りを通る.コテージの一つひとつは随分大きく立派だ.ロシアやカザフスタンからの家族連れがよく利用するそうだ.

なおこうしたホテルや,チョルポンアタの遊園地は一般のキルギス人には値段が高すぎて使えないそうだ.そこで安い遊園地や民宿が使われるという.


このレストランで昼食

このレストランで昼食

レストランの棟に出掛けた.高い天井で広々している.これまで民家でランチとか多かっただけにバカに高級レストラン感がある.


Karven Issykkulホテルで食べた魚

食べた魚

ビールはビンでなくグラスで出された.これは初めてだ.(ビンの方がいいが)

この魚を食べたのだが,はてイシククル湖の魚だったのか?それともはるか遠く,海の魚だったか?

何でも昔々,キルギス人と日本人は元々一緒だったのだが,肉の好きな人は山に行き,キルギス人となり,魚が好きな人は海を渡り,日本人になったのだとか.....


チョルポンアタの野外岩絵博物館open-air petroglyph museum

昼食後野外岩絵博物館に向け出かける

昼食後野外岩絵博物館に向け出かける

Karven Issykkulホテルから西に向かった.晴天が続き,陽射しの下は暑くなった.


チョルポンアタの街

チョルポンアタの街

野外岩絵博物館はチョルポンアタの街中心を過ぎた辺りにあるので,街を通過する.

街の規模は小さいがリゾート地として発展しているそうで,今もホテルの建設などが推められているそうだ.ただ観光客の増大は美しいイシククル湖の劣化にも繋がるため,その保護は課題だという.

街の看板はキリル文字で,皆目解らない私にはトンチンカンで,困ったもんだ....


チョルポンアタ金色ドームのモスクあり

金色ドームのモスクあり

主ドームと2本ミナレット頂き部は金色だ.そしてそれが平らでなく,ブツブツしているところがキルギス風だ.まだ完成して日が浅いようだ.


道路やアリーナ建設中

道路やアリーナ建設中

この辺りは道路やアリーナ(競馬場だったか?)の建設中で,大忙しだ.ちょっとはっきり思い出せないのだが,国際的スポーツ大会か何か間もなく開催される予定で,昼も夜も突貫工事で進めているところだそうだ.

道路はそのために少し渋滞気味だ.

2016/9/7追記:9月4日NHKニュースによると,『遊牧民のオリンピック/World Nomad Games』で,9月3日,50か国以上(そんなに多いとは驚きだ)からおよそ1000人が参加して開会式が行われたそうだ.馬を乗りこなす技術や,獲物に見立てたきつね皮を,イヌワシを放って捕獲するたか狩りなど,遊牧民に関わり深い23種目で競い合うそうだ.


野外岩絵博物館に着いた

野外岩絵博物館に着いた

石がゴロゴロ転がっている.ここが野外岩絵博物館で,写真手前の山から地震で崩れ,山中の湖の水と共に流れ落ちた岩石が多いそうだ.一部埋もれたのを掘り起こしたり,移動しているそうだ.

岩絵のある範囲は40haで東京ドーム8個分だそうだ.

岩絵は8世紀BCからAD4世紀くらいの間に,サカ族や烏孫族などスキタイ人が描いたのではないかとされており,総数900点ほどあるそうだ.


野外岩絵博物館大きな岩の絵

大きな岩の絵

この岩の絵がいろいろ描かれ,また一番くっきりしている.たくさんいて,丸まった角の動物は山羊,その上に雪豹(スノーレパード),左上は弓を引くハンター,ハンターの上が雪豹に殺られた人,などが見える.


野外岩絵博物館で狩りの場面

狩りの場面

巨大な山羊の正面で相対的にかなり小さな人物が弓を引こうとしている場面だ.著しい誇張表現手法で描かれている.

個人的には山羊の胴体に付されたスパイラル模様が興味深い.野生の山羊にこうした模様が実際あるようには思えないのだが....やはりアートとして描いたのであろうか.それと巨大な角はどうか?実際こうした種は棲息しているのかも知れない.


野外岩絵博物館狩りの場面の説明書き

狩りの場面の説明書き

上の岩絵の説明書きが掲げられている.ここでHunting Scene 8th c. BC - 5th c. ADの年代幅だ.全部調べるとそれだけの期間で描かれたのは理解できるが,いくら何でもこの一点が8世紀BC~5世紀ADっておかしくないか.


野外岩絵博物館最近の作品

最近の作品

鉄柵の現代の山羊線画.岩絵は概してウエストがスリムであるが,この山羊はそうではない.

ところで私たちがこの辺にいたとき,管理人が出てきて,料金を徴収した.添乗Toさんの経験では,どこで見張っているのか必ず現れて料金徴収には抜かりないそうだ.やはり職務遂行は大事でしょうね.


ホテルに戻るgo back to the hotel

野外岩絵博物館から引き上げる

野外岩絵博物館から引き上げる

まだ早い時間だが,野外岩絵博物館見物は終わり,引き上げた.この辺りも道路工事たけなわだ.


今度は緑のドームのモスク

今度は緑のドームのモスク

こちらは緑のドームで,ストライプだ.これまで頻繁に見たブツブツドームに比べてあまり見たことがなかった.

そう言えばキリス教徒も一定数居るはずだが,キリスト教会はあまり見なかったな....気付かなかっただけか.


チョルポンアタの果物店店頭

チョルポンアタの果物店店頭

特に山と積まれたメロンがすごい.美味しそうだ.今日明日中に売りさばくのはちょっと難しいかな.


あまり眺めがいいとは言えないバルコニー

あまり眺めがいいとは言えないバルコニー

早くホテルに戻るので途中でビールを仕入れ,あまり眺めの良くないこのバルコニーに出る.難しいドアの開閉は予め練習したので,今は大丈夫そうだ.

ビールビンには11.0%と書いてあるので,こりゃ強そうだな,と思いながら飲むが,普通のビールだ.11.0%はアルコールのことではないようだ....何かは判らないのだが.


Karven Issykkulホテルの夕食

最初のパスタは結構ボリュームありそうだ.真ん中メインは肉じゃがだったか.

パスタ肉じゃがケーキ


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