イシククル湖Issykkul

このイシククル湖編では,7月12日朝,宿泊していたKarven Issykkulホテルプライベートビーチでイシククル湖を眺め,朝食後車でハーバーに行きイシククル湖クルーズを楽しみ,再び車に乗りイシククル湖周辺を走ったときの写真を載せました.


イシククル湖付近のGoogleマップと特徴

イシククル湖はマーカー16に位置している.

イシククル湖(Issykkul)は面積は6,236km2で,琵琶湖の9倍余り広いそうだ.また深さは668mで琵琶湖の103mより相当深い.透明度は20mで,世界的にもとてもクリアな値という.

さて厳冬期氷点下20℃以下になるという標高1,606mのこの地で,イシククル湖の湖水は+3℃くらいまでにしか低下せず,氷結しないそうで,不思議だ.イシククル湖は塩分濃度0.6%と,薄いながら一応塩湖だそうだ.湖に流れ込む川は数本あるが,流れ出る川は一つもなく,僅かづつながら塩分が溜まるのではないかとのことだ.流れ込む一方の湖,塩分濃度30%と極端な中東の死海と同じような形成要因のようだ.ただ凍らない理由は0.6%では説明つかず,湖底から温泉が湧き出ているのではないかとの仮設などがあるようだ.なおイシククル(Issykkul)の元の意味は『熱い湖』ということだ.

さらに不思議なことに,イシククル湖の湖底には幾つかの別々の時代の遺跡が水没していることが発見されていることだそうだ.例えばスキタイの一つ烏孫国の遺跡があるという.水嵩が増えたか,地殻変動で陥没したか,....将来解明されるでしょうか.


朝のイシククル湖

三蔵法師の通ったルートの想像図(Googleマップに加筆)

三蔵法師が天竺に赴くときにイシククル湖の傍を通ったそうだ.ガイドTさんに聞いた断片的な話,他の資料など見て想像図を描いてみた.水色が天竺に往くとき,ピンクが戻るときだ.戻りではイシククル湖は通っていない,あくまで私の想像図で大きく違う可能性が高いが.

朝のイシククル湖morning at the Issykkul lake

Karven Issykkulホテルコテージエリアを抜け朝のイシククル湖ビーチへ

Karven Issykkulホテルコテージエリアを抜けビーチへ

さて7月12日朝Karven Issykkulホテルで目を覚ました.いい天気だ.表に出て広大なホテルコテージエリアを通り,プライベートビーチまで散歩する.

バラが咲き乱れ,芝にはスプリンクラーが水を撒いている.


朝のイシククル湖プライベートビーチに出た

プライベートビーチに出た

きれいな砂浜だ.イシククル湖でのリゾートの最大要件は砂浜であるそうだが,どこでもあるわけでないようだ.

さすがまだ早朝で,人は疎らだ.


朝のイシククル湖泳いでいる人も

でも泳いでいる人も

それでも泳いでいる人はいる.きれいな水だが,水温は20℃くらいと聞くので冷たいと思う.


朝のイシククル湖から引き上げる人

引き上げる人

既にひと泳ぎして部屋に引き上げる人もいる.

これほどたくさんの部屋やコテージのあるホテルだから,日中のビーチはきっといっぱいになろう.


イシククル湖クルーズa Issykkul lake cruise

チョルパンアタのハーバーに向かう

チョルパンアタのハーバーに向かう

ホテルで朝食後,車でチョルパンアタのハーバーに向かった.ハーバーの手前でこの羊の群れに出合った.小型タイプか,それとも毛を刈った後なのか,皆スリムだ.


商店街は花を整備

商店街は花を整備

小さな商店街だが花をよく整備している.


ハーバーに到着し,ボートに乗り込む

ハーバーに到着し,ボートに乗り込む

チョルパンアタハーバーに到着した.漁船や,私たちの乗るクルーズ船(漁船に近い),大きな遊覧船,立派なプレジャーボート....いろいろ係留されている.

私たちが乗り込むとクルーズ船は直ぐに出港した.客は私たちだけの貸し切りだ.


イシククル湖港近くビーチの海水浴客

港近くビーチの海水浴客

港近くのビーチには海水浴客が集まりだしてきた.きれいな砂浜で,私たちが港に戻る頃には大勢になっていた.ただ湘南や伊豆のように広くはないので直ぐにいっぱいになりそうだ.


イシククル湖クルーズ船は南に進む

クルーズ船は南に進む

クルーズ船は大して遠くまで行くわけではなく,ちょっと出て南に進み,ターンするようだ.

評判通りきれいな水だが,透明度20mとなると皆目見当は付かない.上述の埋もれた烏孫の遺跡などは現在の海面から10m下に在るのだそうだが,見てみたいな....でももちろん素人に見えるわけではなさそうだ.

つまり,烏孫の頃は少なくとも10m水位は低かったのであろうが,その後水位は高くなったとする見解が多いようだ.ところが最近水位低下があり,20世紀に入ってから,およそ3mも低下しているそうだ.これはかなり心配で近隣のウズベキスタンで,アラル海がほぼ消滅してしまった現実に鑑みると何らかの対応が必要であろう.


イシククル湖クルーズで南天山(テルスケイアラトーTerskei Alatoo)山脈を望む

南天山(テルスケイアラトーTerskei Alatoo)山脈を望む

南天山山脈はイシククル湖南岸まで迫っており,比較的間近だ.それとマップを見ると標高は概ね4000m級のようで,かなり高く連なっている感じだ.

縦走する人もいるであろうが,全区間はめちゃくちゃ長いので,一部の区間,或いは日程を分けて挑戦するクライマーもあろうか.


イシククル湖クルーズこの辺でターンか

この辺でターンか

何ぼか進み,この辺でターンし戻り始めた.写真背面はイシククル湖西端になる.上記想像図のように三蔵法師は天竺行きの際イシククル湖西端を通過したのでは,と上にも書いた.

三蔵法師はこの湖を『大清池』と記しているようだ.三蔵法師は唐代の僧で,日本では聖徳太子の時代だ.一方キルギスのこの辺りでは突厥国が興り,イシククル湖の北西アクベシムに都を置いたそうだ.法師はこの都も訪ねたそうである.


イシククル湖クルーズ今度は北天山(クンゲイアラトーKyungei Alatoo)山脈を望む

今度は北天山(クンゲイアラトーKyungei Alatoo)山脈を望む

北天山も高いのだが,手前の低山に眺めが阻まれがちだ.

ただその低山と湖の間は比較的広い農耕地となっているのはこれまで見てきた通りだ.

ということでイシククル湖はこれで終わった.いい天気で何よりだった.


イシククル湖周辺periphery of theIssykkul lake

チョルパンアタハーバー周辺

チョルパンアタハーバー周辺

チョルパンアタハーバーには色々なレジャーを楽しみに人が集まってくる.海のない国だけに集中度が高い.


イシククル湖周辺水浴客向けのお店

水浴客向けのお店

水浴客向けのお店も並んでいる.夏限定商品で秋が来ると....とちょっと心配.でも海の家とか富士山の山小屋と同じで短期決戦勝負できるのだ,きっと.


イシククル湖周辺で添乗Toさんバケットでさくらんぼ仕入れ

添乗Toさんバケットでさくらんぼ仕入れ

ランチのデザートにと道端の露店でさくらんぼを仕入れてくれている添乗Toさん.そんなに要らないのだがバケット単位でしか売ってくれないという.お陰で私たちはたらふく頂戴することができた.


イシククル湖周辺の毛皮屋さん

毛皮屋さん

やはり道端の毛皮屋さん.ちょっとこの季節向きではないようにも見えるが,まあ.

後ろは多分ムートンであろうが,左側は羊より胴体の長い動物に見える.何でしょうね


イシククル湖周辺この街道も墓地多数

この街道も墓地多数

他と同様,いやむしろこの辺りは人口が多いせいか,バカに墓地が多い.3週間前の旅行先が全くお墓を作らないブータン国だっただけに,極端な違いに驚く.


イシククル湖ユルトホテル群

ユルトホテル群

ホテルは数も不足気味で,またコストが高すぎるので,費用を抑えたい家族連れがよく利用するというユルトホテルだ.私たちがソンクル湖畔で泊まったAk-Sai Travel社のユルト宿と同じだと思う.

普段ユルトを使ってない人の体験にもいいであろう.


ここでイシククル湖とお別れ

ここでイシククル湖とお別れ

街道はイシククル湖西端に達した.ここで湖とお別れになる.

改めて眺めるときれいな湖水だ.



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