このD11:ムクチナートへ編では,11月16日ヤカワを出て,トロンパスを越え,チャバルブを経て,ムクチナートに至るまでの写真と記事を掲載した.
ヤカワの寒い朝が明けた.既に相当数のトレッカーがトロンパスを目指し,上がっていった.ロッジでチャパティとオムレツの朝食を食べ,いつもより30分早い7時に出発した.
ただ気温が低く,厚いウールの手袋に靴下,皮革トレッキングブーツであるが,手足の指先はしびれ,凍傷になりやしないか心配になるほどだ.やはり老化で血の巡りが悪くなり,耐寒機能が一層低下したのであろう.
トロンパスに向かうトレイルはだだっ広く,勾配も緩やか,楽なコースだ.だだっ広いので,積雪があると逆に道を見失う危険がありそうだ.
前述の如くヤカワからの道は広々しているが,同時に見通しも良く,常にトロンピークを前方に望みながら歩くことができる.この日は薄雲が架かるも見通しを遮るほどではなく,やがて気温も少し上がったためか指先の痺れも若干緩和され,快適に歩みを進めた.
そして8時20分,夥しいタルチョーに彩られたトロンパス(Thorung Pass:5,416m,若しくはトロンラThorung-La)に到着した.今回のトレッキングのハイライトだ.
トロンパスの左(南側)のトロンピーク(5,751m)は普通のマップには載っていない.多分クタンカン(Khatung Kang:6,484m)の支脈の一つなのではなかろうか.トロンパスからクタンカンの主峰を見ることができないので,トレッカーにとってトロンピークはとても大きな存在だ.
写真ではちょっと見分けが付かないが,この時トロンピークの左稜線を登っている3人のクライマーの姿があった.頂上まで後3時間くらいかな~とGさんのコメントあり.
トロンパスには茶屋も一軒あって,ここでミルクティーを味わい,身体をいくらか温めることができた.
トロンパスの左(北側)にはヤカワカン(Yakawa Kang:6,482m)が聳える.随分ごつごつした岩肌が印象的だ.トロンパスはこのヤカワカンとトロンピークび挟まれた鞍部(コル:Col)と云うことになろう.
ガイドGさん,ポーターJさんと記念写真を撮った.Gさん,Jさんありがとう.こうして改めて写真を眺めると,Gさんはかなり着込んでいる.やはり相当寒かったのだ.
また天気に恵まれたのは幸運だった.仮にある程度降雪があるとすると,普通のトレッカーには危険過ぎて越えられないと言われており,持参したアイゼンも不用で,良かった良かった,と思う.
下は,トロンパスに至るまでの眺めあれこれ
トロンパスからは西の斜面に向かって下りにかかる.西の向こうには,ダウラギリ山系に連なる峰々を望むようになる.陽もかなり高い位置まで昇り,風もまだ強くなってはいないため,手足の指もようやく普通に戻り,ほっとする.いや,Hotするか?
やがて麓を巻きながら下りてクタンカンの影から白い峰々が姿を現した.左から少しだけ頂を覗かせたダウラギリ主峰(Dhaulagiri:8,167m),トゥクチェピーク(Tukuche Peak:6,920m),真っ白なダンパスピーク(Dhampus Peak:6,012m)のようである.
ダウラギリはよく写真で見かけるポカラ方面からのショットとは全く違う形で,ちょっと狐につままれたのかな~?てな感じになる.
下り始めて2時間くらい経ったか,二人連れのサドゥーに出会った.立ち止まり言葉を交わし,写真を撮らせてもらう.一人はインド人,もう一人は日本人だそうだ.二人はご覧のようにかサドゥー風というか,至って軽装だ.この辺りで既に4,200m以上あるが,この出立ちのままどんどん上に進むようだ.
お一人は,カナジーがベシサハールを出てから初めて出会った日本人で,風体こそ完全にインド人であるが日本語を話される(当たり前か?)のもうれしい.一通り挨拶を交わし,覗き見的に興味深いサドゥー風行為について訊いてみた.すると『旅の途中です』と答えられた.うわべこそ同じ「旅」であるが,カナジーの“単なる”物見遊山などとは元より次元が異なるもので,とっさにひれ伏す程のインパクトを受けた.俗世を離れたこの哲人が何時真理を見え出すのか?いつ『旅』の終わりが来るのか?....などと思いつつ,どうぞお気を付けて,とお別れした.
11時過ぎ,チャバルブ(Chabarbu)に到着した.ここはまたトロンパスの一方の麓でもあるのでフェディ(Phedi)とも称される.2~3軒の茶屋があって,一番手前,パラボラ湯沸しの茶屋に腰を下ろした.トロンパスからの下り路の所々で出会った大きな白レンズを下げた青年と同席した.
使用中の2本のLeki製アルミポールの1つが真っ二つに折れて,「何とかならないかな~?」と言っている.何でもポールを雪に挿したとき,足を滑らし,加わった体重の曲げモーメントで折れたそうだ.折れ口の断面をきれいにして,中に接木を入れるとかすれば直せそうだが,ここには工具も接木も無いし.....
青年の白レンズはf70-200mm/F2.8で,「重そうだね?」と訊いたら,「仕事なので」と答える.「雑誌とかの?」には,「雑誌はギャラが安いのであまりやらない,ナショナルジオグラフィックとかは別だけど....プリントを街角で売るとか,普段は婚礼写真とか多いけど」と.ベルギーはフランス語圏に住んでいるそうで,同国には他にオランダ語圏があるのだそうだ.まあ,ネパールの多民族/多言語に比べれば,たかが2つだし,融和していると思いきや,実際はいろいろな問題を抱えているのだそうだ.ベルギーと言えばポワロとバカ高いチョコレートだね,と言ったら,トーキョーのレストランではバカ高いベルギービールも売れているそうだよ,とか.へえ~,そうなんだ.普段発泡酒とかがメインなカナジーが知る由もなかった訳だが.
下は,チャバルブに下るまでの写真
チャバルブで昼食後さらに下り始めた.クタンカンを完全に越えるとダウラギリも全容を現してきた.逆に間近に位置するダンパスピークがトゥクチェピークの背後に隠れるようになった.僅かな視点の違いに過ぎないが随分と見え方は変わるものだ.動かない山でさえこんなものだからましてや人であったら如何ほど変わり得るか......
やがて西南に今日の宿泊予定地ムクチナートが見えてきた.茶色の起伏を伴って形成された大地が,よく言われる「チベット的景観」を改めて認識させてくれる.なお画面右の大きなゴンパは最近できたもので,まだピカピカだ.でもそれはそれでなかなか興味深いと思う.この春ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)が議会第一党を占めるに至った一方宗教活動も決して衰えてはいない,という意味で.
これぞ一度見てみたかったムクチナートだ.入り口の看板にはMuktinath Temple Complexと記されている.Muktinathのnath自体はスワヤンブナートやボーダナートのように用いられ,少なくとも仏教やヒンドゥー教に関わる場所に由来するであろう.それに興味があった.それが,ここムクチナートは仏教,ヒンドゥー教両方の聖地であり,写真の108の蛇口はヒンドゥー教の施設であるものの,仏教でも108は特別の意味合いを有することなどの関連において,生半可な興味ながら見物できたことがうれしい.
ムクチナートは3,800mに位置するが,バイクやトラクタ,車が通っている.今の所,交通量は僅かであるがトレッカーの身勝手で申せば気になるところだ.
バイクとトラクタは6年ほど前から,車は今年から走り始めたらしい.
こうした運搬手段も整備され,また産地に近いためかリンゴ1個がRs5(7円くらい)ととても安い.味も良く,カトマンドゥでは北インドや中国産も売られているが,この辺りで産するリンゴが一番高値で売られているそうだ.
ムクチナートの中ほどまで来るとチェックポストがあり,台帳に記帳した.チェックポストのある建物はとても大きく立派だ.少し前まではムクチナート巡礼者に宿舎として提供されていた建物だそうだ.現在はロッジが増えたのでお役御免となったのであろうか?
ムクチナートではHotel Dream Homeという街外れの比較的新しいロッジに宿泊した.電灯もあり,停電時は速やかに自家発電に切り替えられた.ダイニングルームでは,長いテーブル掛け(こたつ掛け)を掛けたテーブルの下に炭火鉢を入れるこたつ暖房で,ちょっと怖いが暖かかった.
ムクチナートの街からは明日通る予定のジャルコットの村を見下ろすことができた.遠目ながらジャルコットは由緒ある古い村に感じられる.
下は,ムクチナートまでの写真