このD14:ダナへ編では11月18日ラージュンを出て,コケタンティ,カロパニ,ガーサ,ルクセカハーラを経て,ダナ到着までの写真と記事を掲載した.
11月18日リバーサイドロッジで朝を迎えた.昨夕まであれ程晴れていた空が革命的に悪化している.これには驚いた.雲は多いが動きも早く,少し青空が覗くタイミングを待ってシャッターを押す.
リバーサイドロッジ,と言ってもカリガンダキからは離れているのだが,のダイニングルームに行くと,件のベルギー女性は既に朝食を食べていた.今日はタトパニを目指すそうだ.
目玉焼きにチャパティを注文し,さてできたかな~?とキッチンを覗いて見る.
登りかまどのような構造で,最終段には湯沸し/保存兼用タンクを備え,また天井には肉片(マトンか?)が吊られ,既に干し肉としてほぼ出来上がったものもある.燃料がなかなか有効に活用されているようだ.
下は,ラージュンと近辺朝の写真
乾季の今はカリガンダキの広い川原を歩ける.暫く行くとコケタンティ(Kokhethanti)の村に出る.昔ながらの素朴な感じの村で,ロッジとかはあまりないようだ.
途中左手にはニルギリ三山,背後にはダウラギリとトゥクチェピークが聳えている.ただダウラギリは雲が覆いなかなか全容を見せてはくれない.
下は,コケタンティ辺りの写真
カリガンダキ左岸の川原歩きの後,吊り橋で右岸に渡り少し行くとカロパニ(Kalopani)の村に出合った.9時半頃であった.カロパニは全周ヒマラヤを望む風光明媚な土地として知られる.大きな村で,多くのロッジが並び,真新しい小学校が建ち,広い通りには定期運行と見られるバンのドライバが客を呼び込んでいた.
歩いてきた方向を眺めると西(左)にダウラギリとダウラギリアイスフォール,右にトゥクチェピークが望める.
眺めの良さそうな大きなロッジで暫く休憩することにした.屋上で雲の流れと太陽の位置に期待しながら長い時間眺めていた.
カリガンダキの対岸北東にはニルギリ北,ニルギリ中央,ニルギリ南がきれいに望めた.
お昼近くになり,陽がアンナプルナⅠの西壁に射す頃,うまい具合に雲も切れるようになり,豪快な姿を見せてくれた.待っていて良かった.
ここではチキンカレーがメニューにあり,早速注文して食べてみた.あまり辛くなく,ジャガイモも入っていて美味しかった.他のエリアに比べればずーっと多いのだが,チキンや肉類はたまにしかありつけないので,有ったらすかさず注文するのがすっかり慣わしになってしまった.かなりがっついていて,どうしても地が出る.恥ずかしいかも.
待望のアンナプルナⅠ峰も見えて,腹も満ちて,昼過ぎカロパニの茶屋を出発した.程なくチェックポストがあったので台帳に記入する.このエリアはチェックポスト多いね.
昨日まで3日間,昼時から吹き荒れていたカリガンダキの風が,今日は無い.口覆いのバンダナ無用で歩けるのはうれしい.
下は,カロパニ界隈の眺め
カロパニからガーサ(Ghasa)に向けては樹木の多い谷間の道をどんどん下る.初めの頃見えていた白い峰はやがて殆ど見えなくなる.
やがて午後2時頃,ガーサの村に着いた.それまで無かった畑が出現し,ちょっと驚く.標高が2,000mくらいと低くなり,比較的平らな土地に恵まれているためであろう.ここでは茶屋に立ち寄り,いつものようにミルクティーを啜った.
下は,ガーサまでの写真
ガーサから下るルートはカリガンダキ左岸を辿る旧来からの道と,最近車を通すために建設中の右岸ルートとがある.新道は短時間で行けるが,ガイドGさんの入手情報に依れば崖崩れが2箇所ほどあるという.Gさんはまだ新道を通った経験は無いと言う.どっちがいい?と問われ,まあ,崖崩れがあったとしても,通行禁止にはなっていないのだから大丈夫.....と新道を選択したのだった.
最初の崖崩れは,崩れた岩を乗り越えればいいので問題なかった.でも2箇所目のここは,滑ったら谷底に転落する.いや~怖かった.
2箇所の崖崩れを越えると,後は問題なかった.やがてカリガンダキ下流にはルクセカハーラ(Rukse Chhahara)の小さな集落が見えてきた.
この辺りまで下ると気候がいいようで,バナナの木が見られるようになる.ルクセカハーラでは珍しく茶屋自家製,いや特製のヨーグルトがあり,飲んでみた.半ば大丈夫かな~とも思いながら.
下は,ルクセカハーラまでの写真
ルクセカハーラを過ぎ,なおも下った.途中カリガンダキに注ぐ小さな流れに設置された粉挽き水車小屋があった.縦軸の反動型で結構高速で回転している.軸の上部には石臼の回転側が嵌め込まれ,そこに麦などの原材料を注ぐようになっている.この辺りはかなり標高が低くなったので,凍り付いて運転不能となることが少ないのであろう.
4:40PM,今日の宿泊地ダナ(Dana)に到着した.何の変哲もない村のようだ.最初訪ねたロッジは閉店中で,別の質素なニューアンナプルナロッジ(New Annapurna Lodge)と云う宿に落ち着いた.
開放型ダイニングルームや部屋の壁も薄板一枚と,1,400mまで標高を下げたことを窺わせた.それでも寒くはない.
このロッジではイスラエル3人組のトレッカーが宿泊していた.食事中,引っ切り無しに話し(多分ヘブライ語),口から先に産まれたと云う形容でも間に合わないくらいすごい!レダーで会った若いイスラエル女性2人はごく普通だったので,イスラエルの人は皆...という訳ではなさそうだが.
日本語を話すネパールの人も話しかけてきてくれた.島根大学(だったか?)に留学し地質学の学位を取った後,カトマンドゥのトリブヴァン大学でアルバイトをしているそうだ.現在,ここダナでは新しい水力発電所建設が計画され,その地質調査で,部下数名と共にここに滞在しているそうだ.街道に近いロッジの部屋には電灯が灯っていたが,新たな建設でもっと電力供給範囲が拡げられるのであろう.
下は,ダナまでの写真