キリスト教会,大聖堂,修道院など(7)

このページでは既存ページから転載し,ベイルート郊外の教会(レバノン),ビブロスの聖ジョンマルク教会(同),カディーシャ渓谷の教会(同),聖ミハエル教会(同),シャーレ杉保護区入り口の礼拝堂(同),ブシャーレ杉保護区マロン派教会(同),私達の待っている聖母マリア教会(同),ハリッサ大聖堂とレバノンの聖母(同),ソフィア教堂(中国ハルビン),カラコルの三位一体教会(キルギスタン),ビシュケクのロシア正教会(同),ベラパイス修道院(北キプロストルコ共和国),聖ヨハネ教会(キプロス),聖十字架教会(同),山中の教会1(同),山中の教会2(同),アラカ教会(同),ポディトゥ聖堂(同),キコス修道院(同),聖キリヤキ教会(同),パフォスの正教会(同),聖ラザロ教会(同)の写真を載せました.

ベイルート郊外の教会

ベイルート郊外の教会

ベイルート郊外の教会

ベイルート郊外を走っているとキリスト教会が見えた.比較的新しく建てられたように見える.キリスト教徒も,主流のマロン派に加え,ギリシア正教,カトリック,プロテスタントなど多くの宗派が入り組んでいるようである.

以上レバノン紀行2018/ビブロス遺跡のページから.

ビブロスの聖ジョンマルク教会(レバノン)

ビブロスの聖ジョンマルク教会(レバノン)

ビブロスの聖ジョンマルク教会(レバノン)

1115年頃,攻め入り,勝利した十字軍が聖ヨハネ教会(St. John's Church)として建立したそうだ.聖ヨハネはヨルダン川でイエスに洗礼を施したあのヨハネだそうだ.南側の壁はローマ様式,入り口のある北側の壁はアラブ様式となっているのが特徴だという.言われてみるとたしかに入り口ピロティはアラブ風だ.ただ当初の聖ヨハネ教会は18世紀にマロン派の聖ジョンマルク教会(Church of St. John-Mark)に改宗したそうで,併せて建物も改修されたのかもしれない.

以上レバノン紀行2018/ビブロス遺跡のページから.

カディーシャ渓谷の教会(レバノン)

カディーシャ渓谷の教会(レバノン)

カディーシャ渓谷の教会(レバノン)

カディーシャ渓谷脇を走っていると2つの教会が見えた.この辺りはマロン派信徒が多いと聞くので同派教会であろうか.

以上レバノン紀行2018/カディーシャ渓谷のページから.

聖ミハエル教会(レバノン)

聖ミハエル教会(レバノン)

聖ミハエル教会(レバノン)

聖ミハエル教会に入れてもらい,先ず主祭壇を眺めた.驚いたことに中央には大天使聖ミハエル(ミカエル,マイケル)が悪魔を踏み,剣をかざしている大きな絵が掲げられていた.これはちょっと珍しいのではないでしょうか.また天井を見上げるとやはりイエスの生涯を描いたフレスコ画で満たされている.

以上レバノン紀行2018/カディーシャ渓谷のページから.

ブシャーレ杉保護区入り口の礼拝堂(レバノン)

ブシャーレ杉保護区入り口の礼拝堂(レバノン)

ブシャーレ杉保護区入り口の礼拝堂(レバノン)

ブシャーレ杉保護区入り口に聖母子像を祀った小さな礼拝堂があった.保護区はブシャーレの範囲にあるので,マロン派の礼拝堂であろう.積まれた石灰岩(多分)ブロックの織りなす僅かづつ異なる淡い色あいモザイクがきれいだ.

以上レバノン紀行2018/ブシャーレ杉保護区のページから.

ブシャーレ杉保護区マロン派教会(レバノン)

ブシャーレ杉保護区マロン派教会(レバノン)

ブシャーレ杉保護区マロン派教会(レバノン)

林の中の一角に,名前は失念したが小さなマロン派教会があった.前日ここで結婚式が執り行われたそうだ.Cedars of Godの名のついた林の中であるので,まさに結婚式にはふさわしかろう.主祭壇中央にはキリスト像が,左下にはマリア像,右下にはキリスト抱いた聖ヨセフか?とにかく男性,の像があった.コンパクトながら全般に落ち着いたデザインの美しい教会だ.

以上レバノン紀行2018/ブシャーレ杉保護区のページから.

私達の待っている聖母マリア教会(レバノン)

マグドゥーシュ村の私達の待っている聖母マリア教会(レバノン)

マグドゥーシュ村の私達の待っている聖母マリア教会(レバノン)

サイダから少し南下し,そして内陸に入りマグドゥーシュ村を訪れた.そして『私達の待っている聖母マリア教会(Our Lady of Awaiting church)』または別名『マントラの聖母マリア教会(Our Lady of Mantara church)』を見せてもらった.本教会はメルキットギリシャカトリック教会(Melkite Greek Catholic Marian shrine)ということだ.メルキットとは何でもビザンチン儀式キリスト教会ということで,イエスがここサイダで宣教中,聖母マリアがここの洞窟で帰りを待っていたと云ういわれに基づくそうだ.

以上レバノン紀行2018/サイダのページから.

ハリッサ大聖堂とレバノンの聖母(レバノン)

>ハリッサ大聖堂とレバノンの聖母(レバノン)

>ハリッサ大聖堂とレバノンの聖母(レバノン)

ハリッサの高台に来ると超モダンなデザインのマロン派ハリッサ大聖堂があり,そしてレバノンの聖母(Our Lady of Lebanon)像が立つ.1904年仏からの寄贈で,高さ7m,重さ13トンあり,手はベイルートの方向に向けられているそうだ.またその台座は螺旋状石造りで,底部周囲64m,上部周囲12m,高さ20mということだ.多くの巡礼者が訪れるそうだ.

以上レバノン紀行2018/ハリッサの高台のページから.

ソフィア教堂(中国ハルビン)

ソフィア教堂(中国ハルビン)

ソフィア教堂(中国ハルビン)

日露戦争(1904-1905年)2年後の1907年,帝政ロシア兵士の軍用教会として創建され,以降拡張工事が行われ1932年に現在のこの姿になったそうだ.日露戦争時日本人も1000人以上住んでおり,勝利したのだが,ハルビンのロシア統治は継続されたのであろう.ドームの形や,その上の斜め棒の加わった十字架の形で正教会だと判る.ただ現在ロシア人はおらず,また当地中国市民の正教徒も殆ど居ないようで,教会は廃止され,ハルビン開拓期からの写真や模型を展示する博物館になっている.

以上中国東北紀行2018/ハルビンのページから.

カラコルの三位一体教会(キルギスタン)

カラコルの三位一体教会(the trinity church in the city of Karakol)

カラコルの三位一体教会(the trinity church in the city of Karakol)

ロシア正教の教会だ.木造教会を見る機会はあまりないので,先ず木造であることにびっくりする.また相当傷みが現れており,木造故の維持の大変さを感じる.当初1872年に石造りで創建されたが,それから間もない1890年地震で倒壊.そして5年後の1895年今度は教会庭のポプラ材などの木造で再建され,補修されながら今の姿にあるそうだ.

以上キルギス紀行2016/カラコルのページから.

ビシュケクのロシア正教会(キルギスタン)

ビシュケクのロシア正教会(Bishkek Russian Orthodox Church)

ビシュケクのロシア正教会(Bishkek Russian Orthodox Church)

カラコルの三位一体教会を除き,キルギスタンではロシア正教会が見えな~と不思議に思っていたのだが,首都ビシュケクでようやく見えた.

以上キルギス紀行2016/帰国のページから.

ベラパイス修道院(北キプロストルコ共和国)

ベラパイス修道院(Bellapais Monastery)

ベラパイス修道院(Bellapais Monastery)

ベラパイス修道院(Bellapais Monastery)

13世初頭,エルサレムから逃れてきたオーガスティン派修道会(カトリック系)によって建立されたそうだ.そして16世紀オスマン帝国支配下に入った後に,正教教会に転換され,存続が認められたようだ.そこで写真のごとくイコノスタシス(iconostasis/聖障)が設けられることになった.さらに近年イスラムの時代が続いた筈だが,破壊されたり,あるいはモスクに転換されずに今日に残されたのは幸いだったであろう.

以上キプロス紀行2016/ギルネ(またはキレニア)のページから.

聖ヨハネ教会(キプロス)

聖ヨハネ教会(Cathedral of St. John)

聖ヨハネ教会(Cathedral of St. John)

オスマン帝国統治下の1662年,ニコフォロス(Nikiforos)大司教がフランコビザンチン様式の修道院礼拝堂として建立したという.そして控え目な外観はオスマン支配下にあったためという.一方金ピカで,煌々と輝くクリスタルシャンデリアのインテリアは,期待していなかった訪問者を驚かすそうだ.私も内外の差にびっくりした.

以上キプロス紀行2016/南ニコシアのページから.

聖十字架教会(キプロス)

聖十字架教会(Holy Cross Church)

聖十字架教会(Holy Cross Church)

正教会であり,キプロス国旗ではなくギリシャ国旗だけが掲げられている.ギリシャとの合併指向の強い派閥なのであろうか.教会名に冠した『聖十字架』であるが,1307年,フランク占領下のレフカラの司教であったオリビアノス(Olivianos)による,金色のレフカラ十字架の下部に記された碑文,それは現在の教会の東側,イコノスタシス背後のフレスコ画に基づくらしい.

以上キプロス紀行2016/レフカラのページから.

山中の教会1(キプロス)

山中の教会1(a church in the mountains 1)

山中の教会1(a church in the mountains 1)

山に向かう途中見かけた教会.十字に下にハの字,まとまって『ホの字』のロゴに見える.さてどう云ったいわれの教会なのでしょうか.

以上キプロス紀行2016/トロードスのページから.

山中の教会2(キプロス)

山中の教会2(a church in the mountains 2)

山中の教会2(a church in the mountains 2)

やはり山に向かう途中見かけた教会.現代風デザインの教会だ.お堂の形が正教十字架と同じように縦横比同じになっているようだ.この点西欧に多いカトリック教会の,縦に長く,横はそれより短い張り出し構造の教会と違っていると思われる.

以上キプロス紀行2016/トロードスのページから.

アラカ教会(キプロス)

アラカ教会(Araka church)

アラカ教会(Araka church)

アラカ教会(Araka church)

世界遺産対象9教会の一つで,トロードス山中ピツイラ(Pitsilia)地方にある. ビザンチン時代からヴェネツィア時代までの長い期間,キリスト教会や修道院は海賊や,侵略軍の影響を避けるためこうした山中に建立するケースが多かったそうだ.

アラカ教会は随分と変わった教会だ.教会本体は石造りなのだが,風雨,それにたまに降るという雪から保護するため全体を本体より大きな木造建屋で囲った構造になっている.主礼拝堂に入った.かなり小振りな礼拝堂で,調度品やフレスコ画など全般的にクラシックな香りだ.

以上キプロス紀行2016/トロードスのページから.

ポディトゥ聖堂(キプロス)

ポディトゥ聖堂(Panagia tis Podithou)

ポディトゥ聖堂(Panagia tis Podithou)

広い屋根(テラコッタだそうだ)はアラカ教会と似ているが,一層急勾配で,一重である.外壁は格子ではなく,石積みの頑丈な構造に見える.それと上部はガラス窓で,いくらか新しさを感じさせる.ポディトゥ聖堂は石の二重構造で,同じ二重でも外側が木の柱や格子のアラカ教会と異なっている.

以上キプロス紀行2016/トロードスのページから.

キコス修道院(キプロス)

キコス修道院(Kykkos Monastery)

キコス修道院(Kykkos Monastery)

これまでのアラカ教会,ポディトゥ聖堂に較べて,建物や描かれたモザイク画,フレスコ画が圧倒的に新しく,やたらめったら多く描かれている.聖ルカの描いたマリアのイコンは特に貴重で,厳重に保管されているそうだ.ただしその模写のようなモザイク画は見ることができる.

以上キプロス紀行2016/トロードスのページから.

聖キリヤキ教会(キプロス)

聖キリヤキ教会(St Paul's Pillar and Church of Agia Kyriaki)

聖キリヤキ教会(St Paul's Pillar and Church of Agia Kyriaki)

ビザンチン時代遺構の一部に,この聖キリヤキ教会(Church of Agia Kyriaki)が建っている.この教会は13世紀に建てられたそうだ.非常に古い時代,元々何らかの教会が存在し,AD59年地震で破壊された小さなラテン教会の跡地に,再建されたり,オスマントルコ軍の侵略で破壊されたりしながら,現在の姿になっているようだ.

以上キプロス紀行2016/パフォスのページから.

パフォスの正教会(キプロス)

パフォスの正教会(Orthodox church in Paphos)

パフォスの正教会(Orthodox church in Paphos)

街道脇に立派な正教会が見えた.形や配色はこれまでと同様だ.ということで,キプロス(南)は殆ど全てがキプロス(ギリシャ)正教会なのだと思った.

以上キプロス紀行2016/ラルナカのページから.

聖ラザロ教会(キプロス)

聖ラザロ教会(Church of Saint Lazarus)

聖ラザロ教会(Church of Saint Lazarus)

ラザロ(Lazarus)はイエスの友人だったそうだ.ラザロが30歳の頃のある日,ラザロが病気と聞いたイエスは彼の住まいのあるエルサレム郊外ベタニアを訪ねた.だが既にラザロは葬られ,4日経ったと知る.イエスは彼の死を悲しみ,涙を流しながら,『ラザロよ出てきなさい』と言うと,布に巻かれたラザロは棺から出てきたという.

以上キプロス紀行2016/ラルナカのページから.


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