キリスト教会,大聖堂,修道院など(1)

このページでは既存ページから転載し,キリスト教会,聖堂,修道院など,キリスト教関連施設の写真を集めました.具体的にはクライストチャーチ大聖堂(ニュージーランド),善き羊飼いの教会(同),マーチャーシュ教会(ハンガリー),セントマルチン教会(スロバキア),聖ヴィート大聖堂(チェコ),聖イジー教会(同),ドレスデン聖母教会(ドイツ),ベルリン大聖堂(同),カイザー・ヴィルヘルム記念教会(同),ミラノのドゥオモ(イタリア),サンマルコ寺院(同),フィレンツェのドゥオモ(同),サンタクローチェ教会(同),サンピエトロ寺院(バチカン),聖家族教会(サグラダファミリア)(スペイン),サンタルシア教会(同),バレンシア大聖堂(同),カンポデクリプターナの教会(同),メスキータ(同),セビリア大聖堂(同),サンティアゴデコンポステーラ大聖堂(同),アストルガ大聖堂(同),アストルガ大聖堂(同),サンイシドロ教会(同),レオン大聖堂(同),サンエステバン修道院(同),サラマンカ大聖堂(同),セゴビア大聖堂(同),エヴォラ大聖堂(ポルトガル),ジェロニモス修道院(同),サンタマリア教会(同),バターリャの修道院(同),サンフランチェスコ教会(同),アヤソフィア(トルコ),聖母マリアの家(同),ギョレメ岩窟教会(同),アブメナの修道院(エジプト),コペンハーゲン郊外教会(デンマーク),コペンハーゲンの教会(同),ヴォス教会(ノルウェイ)の写真を載せました.

クライストチャーチ大聖堂

クライストチャーチ大聖堂(Christchurch Cathedral)

クライストチャーチ大聖堂(Christchurch Cathedral)

このゴシック様式大聖堂はイギリスの建築家ギルバートスコットさんによって設計され,1864年の着工から40年もの歳月を経て完成したそうた.尖塔の高さは63mだという.

以上ニュージーランドの旅2003/クライストチャーチのページから.

善き羊飼いの教会

善き羊飼いの教会(Church of the Good Shepherd)

善き羊飼いの教会(Church of the Good Shepherd)

新訳聖書に出てくる 「善き羊飼いは羊のためには命をささげる」 から命名されたという.開拓当時の羊飼い達の労をねぎらって1935年に建てられ,今ではニュージーランドの代表的な景観の建物として知られるに至ったようである.

以上ニュージーランドの旅2003/テカポ湖周辺のページから.

マーチャーシュ教会

ブダペスト/マーチャーシュ教会(Matyas Templom)

ブダペスト/マーチャーシュ教会(Matyas Templom)

聖母教会あるいはマリア教会が正式名だそうで,最初13世紀にゴシック様式の教会として建てられたそうだ. その後,15世紀,ハンガリー王マーチャーシュ(在位 1458 - 1490年)がこの教会を再建し,そのマーチャーシュ王は,この教会で二度も結婚式を挙げているそうで,それがマーチャーシュ教会と呼ばれている所以であるようだ.

以上中欧の旅2003/ブダペストのページから.

セントマルチン教会

ブラチスラバ/セントマルチン教会(St. Martin's church)

ブラチスラバ/セントマルチン教会(St. Martin's church)

有名な宗教改革を指導したマルチンルターの名を冠し,セントマルチン教会と呼ばれるそうだ.ここで歴代のハンガリー国王の戴冠式や,多分国民にはうれしくないどころか屈辱的であったであろうウィーンの女王マリアテレジアのスロバキア国王としての戴冠式が行われた歴史を持つそうだ.街全体はいかにも中世的な趣きが漂っているように思える.

以上中欧の旅2003/ブラチスラバのページから.

聖ヴィート大聖堂

プラハ/聖ヴィート大聖堂(St. Vitus's Cathedral)

プラハ/聖ヴィート大聖堂(St. Vitus's Cathedral)

聖ヴィート大聖堂の内部(inside St. Vitus's Cathedral )

聖ヴィート大聖堂の内部(inside St. Vitus's Cathedral )

この威圧的なゴシックの西のファサードが立ちふさがる.尖塔の高さは100mもあるという.プラハのゴシック建築の代表格であるが,元々はは10世紀に建てられたロマネスク様式の教会であったという.内部はとても美しいステンドグラスで飾られている.下部にスポンサーのクレジットが入っているのが現代的か?

以上中欧の旅2003/プラハのページから.

聖イジー教会

プラハ/聖イジー教会(St. Egyd church)

プラハ/聖イジー教会(St. Egyd church)

920年にヴラティスラフ王によって建てられたというプラハ城内でもっとも古い教会がこの聖イジー教会だそうである.現在の建物は1142年に改修された基礎の上に17世紀の末にバロックの装飾が加えられたようで,正面ファサードで赤いレンガ色が初期バロック様式の典型的な外観だということだ.

以上中欧の旅2003/プラハのページから.

ドレスデン聖母教会

ドレスデン/聖母教会(Frauenkirche)

ドレスデン/聖母教会(Frauenkirche)

再建工事中のこの建物はドレスデンの象徴であったバロック式の聖母教会.当時ドレスデンには軍事工場もないので空襲がないことを期待して多くの国民がドレスデンに集まっていたそうだ.しかしながら1945年2月の空襲で街は一夜にして廃虚と化したそうである.この教会もまた崩れ落ち,ドイツ統一後に浄財を集めて再建が始まったという.所々に旧建築の黒い石を嵌め込んだ構造が強烈に印象的だ.現在は完成していると思われる.

以上中欧の旅2003/ドレスデンのページから.

ベルリン大聖堂

ベルリン大聖堂(Berliner Dom)

ベルリン大聖堂(Berliner Dom)

長いなが~い歴史があるようだ.まず13世紀に作られたゴシック様式の豪華な教会があり,1747年にフリードリッヒ2世はそれをバロック様式の教会に建て替えさせたらしい.1817~1822年にこの建物は大改修が行われたそうだ.さらに1905年に,以前からあった大聖堂が建て替えられ,現在のような形になった.当時ここはホーレンツォーレン王家の教会なので,内部にはホーレンツォーレン王家ゆかりの人々の石棺や墓碑などがあるのだという.

以上中欧の旅2003/ベルリンのページから.

カイザー・ヴィルヘルム記念教会

ベルリン/カイザー・ヴィルヘルム記念教会(Kaiser Wilhelm Gedaechtniskirche)

ベルリン/カイザー・ヴィルヘルム記念教会(Kaiser Wilhelm Gedaechtniskirche)

ドイツ皇帝ヴィルヘルムⅠ世とビスマルクによって成立したドイツ帝国を記念して1891年-1895年の4年の歳月をかけて造られたネオロマネスク様式の教会だそうだ.1943年の空襲で破壊され,現在の部分だけが戦争の傷跡として残され,その内部は当時の教会の様子や戦争の様子を伝える写真などが展示されているそうだ.ヒロシマの原爆ドームと同様であろう.

以上中欧の旅2003/ベルリンのページから.

ミラノのドゥオモ

ミラノのドゥオモ(Duomo di Milano)

ミラノのドゥオモ(Duomo di Milano)

外壁に緻密な彫刻を数多く備えている.ミラノのシンボル,大聖堂.1386年ヴィスコンティ家の命により建設が始まり,500年以上の大工事の末に完成したイタリアゴシック様式の代表的建造物であるそうだ.迫力がある.

以上イタリアの旅2003/ミラノのページから.

サンマルコ寺院

ベネチア/サンマルコ寺院(Basilica San Marco in Venezia)

ベネチア/サンマルコ寺院(Basilica San Marco in Venezia)

密集した円柱,アーチの組み合わせ,金をふんだんに用いたフレスコの正面玄関.この寺院は,9世紀初め二人の商人がアレキサンドリアから持ち帰った聖マルコの遺体を収めるために建てられたという.

以上イタリアの旅2003/ベネチアのページから.

フィレンツェのドゥオモ

フィレンツェのドゥオモ(Duomo di Firenze)

ィレンツェのドゥオモ(Duomo di Firenze)

サンタマリアデルフィオーレ大聖堂(Santa Maria del Fiore)はカトリックの教会.フィレンツェの大司教座聖堂であり,ドゥオモ(大聖堂),サンジョヴァンニ洗礼堂,ジョットの鐘楼の三つの建築物で構成される,そうである.筆者はよく判らないで単にドゥオモと言っているが.....内部も迫力があり,また美しい.

以上イタリアの旅2003/フィレンツェのページから.

サンタクローチェ教会

フィレンツェ/サンタクローチェ教会(Santa Croce church in Firenze)

フィレンツェ/サンタクローチェ教会(Santa Croce church in Firenze)

14世紀後半に完成したゴシック形式の聖堂.建築家アルノルフォ・ディ・カンピオの設計であって,堂内にはミケランジェロやガリレオ,作曲家のロッシーニなどの著名人の墓が多数あることでも知られているそうである.

以上イタリアの旅2003/フィレンツェのページから.

サンピエトロ寺院

サンピエトロ寺院(Basilica di San Pietro)

サンピエトロ寺院(Basilica di San Pietro)

サンピエトロ寺院内部(inside Basilica di San Pietro)

サンピエトロ寺院内部(inside Basilica di San Pietro)

サン・ピエトロ大聖堂はルネサンスからバロックの時期にかけての巨匠たちが主任建築家を引き継いで建設したものだそうだ.また,単なる宗教施設という規模を超えて宗教芸術の宝庫にもなっている.たしかに中に入り眺め回すと,全てがただものならぬ雰囲気に包まれる.“圧倒的”という以外ないような....

以上イタリアの旅2003/ローマのページから.

聖家族教会(サグラダファミリア)

バルセロナ/聖家族教会(サグラダファミリア)(Sagrada Familia)

バルセロナ/聖家族教会(サグラダファミリア)(Sagrada Familia)

元々貧しい人々のために設立された民間カトリック団体「サンホセ協会」が,人々の現世の罪を贖うために聖家族に捧げる教会として建設を計画したそうである.初代建築家フランシスコビリャールが設計を引き受け,1882年に着工したが意見の対立から早くも翌年に辞任しまったそうな.1882年に着工であれば既に120年余り経過したことになる.後を引き継ぎ,2代目建築家に任命されたのが,当時はまだ無名だったアントニガウディだったそうである.ガウディは設計を一からやり直したそうで,現在眺めているデザインは完全にガウディ独自のものとしていいようだ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/バルセロナのページから.

サンタルシア教会

バルセロナ/サンタルシア教会(Santa Lucia cathedral)

バルセロナ/サンタルシア教会(Santa Lucia cathedral)

大聖堂ではクリスマス市が開かれていた.この建築が開始されたのが1298年で,ファサードを仕上げ,全体の完成に至ったのは19世紀末になってのことだそうである.随分長いものだ!全体的にはゴシック様式で,ロマネスクやバロックなど各時代の様式も随所に採り入れているという.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/バルセロナのページから.

バレンシア大聖堂

バレンシア大聖堂(Valencia cathedral)

バレンシア大聖堂(Valencia cathedral)

バレンシア大聖堂のマリア像(Virgin Mary at Valencia cathedral)

バレンシア大聖堂のマリア像(Virgin Mary at Valencia cathedral)

ここには,かつてローマ時代の遺跡,更にイスラムのモスクがあったそうだ.そこに1262年から1426年,つまり150年余の歳月をかけて建築されたのがこのゴシック様式のカテドラルだそうである.その後も適宜増改築が行われ,オリジナルのゴシックの上にバロック様式などスタイルが重なり合っているようだ.

カテドラル内部礼拝堂には立派なマリア像が据えてあった.スペインや,スペインが征服した国,メキシコなど,では聖母マリアに対する信仰が篤い.特にこの地では,13世紀に聖母マリアが現れる奇跡が起こったという言い伝えがあるそうだからなおさらだろう.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/バレンシアのページから.

カンポデクリプターナの教会

カンポデクリプターナの小さな教会(a small churche at Campo de Criptana)

カンポデクリプターナの小さな教会(a small churche at Campo de Criptana)

ドンキホーテで知られるこの地方の一つの街に,小さな教会があった.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/ラマンチャのページから.

メスキータ

コルドバ/メスキータ(Mezquita of Cordoba)

コルドバ/メスキータ(Mezquita of Cordoba)

メスキータ内部(inside Mezquita)

スキータ内部(inside Mezquita)

コルドバは,756年に成立したムーア人ウマイヤ朝の首都で,イスラムであるから,街の中心は大モスクであるこのメスキータであったそうだ.

やがて15世紀末,キリスト教勢力によるレコンキスタが完了,つまりムーア人イスラム勢力がイベリア半島から追われ,メスキータもカトリック教会に改装された.ただしキリスト教徒がメスキータを破壊することなくそのままカトリックの教会に転用したそうである.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/コルドバのページから.

セビリア大聖堂

セビリア大聖堂/(Sevilla Cathedral)

セビリア大聖堂/(Sevilla Cathedral)

セビリアにも当然大聖堂があった.高いところはヒラルダの塔と呼ばれるようだ.元々はイスラムモスクの尖塔だったそうだ.そう言われれば確かにイスラム様式,特にムーア人が渡って来た元のモロッコ風ミナレットの名残が十分に感じられる.反対側に回ると,上部にはねじりん棒のような目立つ柱が立っている.因みにコロンブスの墓はここにあるそうである.この大聖堂はスペインで最大だそうである.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/セビリアのページから.

サンティアゴデコンポステーラ大聖堂

サンティアゴデコンポステーラ大聖堂(Cathedral of Santiago de Compostela)

サンティアゴデコンポステーラ大聖堂(Cathedral of Santiago de Compostela)

サンティアゴデコンポステーラ大聖堂内部(inside Cathedral of Santiago de Compostela)

サンティアゴデコンポステーラ大聖堂内部(inside Cathedral of Santiago de Compostela)

エルサレムで殉教したキリストの12使徒の1人,聖ヤコブ,スペイン語名サンティアゴが,殉教の後,亡骸がこの地に運ばれ,葬られたそうだ.サンティアゴデコンポステーラは聖ヤコブの名に因み,エルサレム,バチカンと並ぶカトリック3大聖地とされ,巡礼者が絶えないそうだ.巡礼者はヤコブのシンボル帆立貝の殻を荷物にぶら下げて歩くそうだ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/サンティアゴデコンポステーラのページから.

アストルガ大聖堂

アストルガ大聖堂(Astorga Cathedral )

アストルガ大聖堂(Astorga Cathedral)

15世紀末~18世紀にかけて建築されたそうだから,長い期間だ.18世紀のリスボン大地震で破壊され,修復を要した部分もあったようだ.後期ゴシック様式とバロック様式の特徴を持つようだ.

ガウディー作の司教館(Episcopal Palace of Astorga By Antoni Gaudi)

ガウディー作の司教館(Episcopal Palace of Astorga By Antoni Gaudi)

アントニオガウディの設計で,1889年に建設が開始され,概観は少なくとも完成しているように見えたが,3階の一部はまだ未完成だそうだ.一目でガウディーの作品と判るデザインだ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/アストルガのページから.

サンイシドロ教会

レオン/サンイシドロ教会(Basilica San Isidro)

レオン/サンイシドロ教会(Basilica San Isidro)

外側を見ただけで詳しくは不明.王家の霊廟であるそうだ.少なくとも外観は,写真のように落ち着いた感じの建物だ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/レオンのページから.

レオン大聖堂

レオン大聖堂(Leon Cathedral)

レオン大聖堂(Leon Cathedral)

レオン大聖堂内部(inside Leon Cathedral)

レオン大聖堂内部(inside Leon Cathedral)

スペインゴシック美術の傑作とされるレオンの大聖堂はサンタマリア大聖堂が正式名のようだ.13世紀~14世紀にかけて建造されたそうだ.写真で,高い天井のすぐ右下のステンドグラスから光が射し込むようになっている.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/レオンのページから.

サンエステバン修道院

サラマンカ/サンエステバン修道院(Saint Stephen's Monastery in Salamanca)

サラマンカ/サンエステバン修道院(Saint Stephen's Monastery in Salamanca)

1500年代に建築が始まり16世紀完成とい修道院.この修道院のファサードは銀細工様式の1つで,プラテレスコ様式と呼ばれるそうである.このスペイン独特のレリーフは光の当たり方で,見え具合が様々に変化するのが特徴だという.でもファサードは石造りで,銀細工のように見えなかったので,何かの聞き違いかな~?

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/サラマンカのページから.

サラマンカ大聖堂

サラマンカ大聖堂(Salamanca Cathedral)

サラマンカ大聖堂(Salamanca Cathedral)

トルメス川対岸より望むサラマンカ市の風景.大きな2つの塔を有する建物がサラマンカ大聖堂.隣接して新旧2つの大聖堂が建てれたそうだ.ロマネスクゴシック様式の旧大聖堂,完成までに200年を費やしたという巨大な新大聖堂,と大聖堂建設に注いだエネルギーに感心する.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/サラマンカのページから.

セゴビア大聖堂

セゴビア大聖堂(Segovia Cathedral)

セゴビア大聖堂(Segovia Cathedral)

1525年建立,ルネッサンス様式の最盛期にゴシック様式が残った例だそうで,「スペイン最後のゴシック建築」として知られるそうだ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/セゴビアのページから.

エヴォラ大聖堂

エヴォラ大聖堂(Evora Cathedral)

エヴォラ大聖堂(Evora Cathedral)

エヴォラ大聖堂は12~13世紀,ロマネスクからゴシックに移り変わる時代らしい,に造られたそうである.中に進むと,キリスト像や象牙製というマリア像のある礼拝堂になった.ここのパイプオルガンは,1584年に訪れた天正少年使節団の中の一人がポルトガル人の前で弾いたという.そんな訳で最古のパイプオルガンでもあるようだ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/エヴォラのページから.

ジェロニモス修道院

リスボン/ジェロニモス修道院(Lisbon/Monastery of the Hieronymites)

ジェロニモス修道院内部(inside Monastery of the Hieronymites)

ジェロニモス修道院内部(inside Monastery of the Hieronymites)

リスボン/ジェロニモス修道院(Lisbon/Monastery of the Hieronymites)

ジェロニモス修道院はエンリケ航海王子が船乗り達の為に建てた礼拝堂の跡にマヌエル1世がバスコダガマの海外遠征/香料貿易で得た大儲け,いやそれこそ巨万の富で造らせた修道院であるそうだ.マ後期ゴシック様式の1つで,マヌエル1世に因み名付けられたマヌエル様式だそうである.内部の柱を椰子の木に,模様を海洋にイメージしているのが特徴の1つだそうである.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/リスボンのページから.

サンタマリア教会

オビドス/サンタマリア教会(Santa Maria church of Obidos)

オビドス/サンタマリア教会(Santa Maria church of Obidos)

14世紀に建造されたというサンタマリア教会.ちょうどクリスマス前で,マリアに抱かれたキリストの場面が庭先で再現されていた.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/オビドスのページから.

バターリャの修道院

バターリャの修道院(Monastery of Batalha)

バターリャの修道院(Monastery of Batalha)

正式名は勝利の聖母マリア修道院だそうだ.スペインからの独立を守り通した勝利を記念して,1388年ジョアン1世によって建てられたという.スペインのカスティーリア軍と戦ったとき,圧倒的不利な形勢にありながら,最終的には勝利し,聖母マリアのお陰と感謝し,捧げた修道院だそうだ.ゴシックマヌエル様式建築で,修道院,教会,礼拝堂などから成るようだ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/バターリャのページから.

サンフランチェスコ教会

ポルトのサンフランチェスコ教会(San Francisco Church of Porto)

ポルトのサンフランチェスコ教会(San Francisco Church of Porto)

14世紀初めに建立された修道院付属教会.当初ゴシック様式だったものを,17世紀になってバロックに改装されたそうだ.天上,柱,壁はタ-リャドウラ-ダ(金泥細工)と呼ばれるものだそうで,金がふんだんに塗られている.当時植民地だったブラジルから大量に金を入手したため,このようなゴージャスなインテリアが実現できたようだ.

以上スペイン/ポルトガルの旅2002/ポルトのページから.

アヤソフィア

イスタンブール/アヤソフィア(Hagia Sophia)

イスタンブール/アヤソフィア(Hagia Sophia)

アヤソフィアの内部(inside Hagia Sophia)

ヤソフィアの内部(inside Hagia Sophia)

ビザンチン建築の粋を集め,325年キリスト教を認めたコンスタンティヌス帝によって聖堂として建築された.その後災害に見舞われたのち,532年ユスティヌアス帝によって現在の姿に再現された.ところが13世紀にコンスタンティノーブルを攻略したオスマントルコはその後モスクに改築,ミナレットを建て壁や天井のモザイク画を漆喰で塗り固めてしまった.つまり東ローマ帝国時代,東方正教会の総本山だったが,オスマン・トルコによる征服後は事実上イスラム教の総本山となった.現在は博物館として公開されている.

以上トルコ/エジプトの旅2002/イスタンブール旧市街のページから.

聖母マリアの家

エフェソス/聖母マリアの家(House of virgin Mary)

エフェソス/聖母マリアの家(House of virgin Mary)

ギョレメの谷一円に石窟が穿たれていて,その一部(とは言ってもかなり数が多いが)フレスコ画で飾られたキリスト教会/礼拝堂として使われていたようだ.これら礼拝堂のほとんどが10世紀から13世紀(ビザンティンからセルジューク時代)に作られたものだという.容易に出入りできない構造も多く,異教徒や敵の侵入を阻止するには好都合であったようだ,現在はギョレメ屋外博物館として保存されている.

以上トルコ/エジプトの旅2002/エフェソスのページから.

ギョレメ岩窟教会

カッパドキア/ギョレメ岩窟教会(Cave churches of Goreme)

カッパドキア/ギョレメ岩窟教会(Cave churches of Goreme)

聖母マリアが最後に生活を送ったと言われる家.ブルブルの丘の上にあるこの小さな礼拝堂,この建物の内部には聖母マリア像がまつられており,ちょうど10人くらいの信者の方が礼拝中だった.イスラムの国トルコに在るが,像崇拝を禁じたイスラム教と違ってマリア像も拝めるし,多くの国のクリスチャンが巡礼に訪れるという.

以上トルコ/エジプトの旅2002/カッパドキアのページから.

アブメナの修道院

エジプト/アブメナの修道院(Abbey at Abu Mena)

エジプト/アブメナの修道院(Abbey at Abu Mena)

アブメナ遺跡近くにキリスト教の修道院があった.エジプトはイスラム国家であるがキリスト教もちゃんと共存している.修道僧は一生内部で暮らすそうで,ここ相当数の修道僧が暮らせるだろうと思われる大きな施設である.傍で見てもなかなかきれいだ.

以上トルコ/エジプトの旅2002/アブメナのページから.

コペンハーゲン郊外の教会

コペンハーゲン郊外の教会(a church at a suburb of Copenhagen)

コペンハーゲン郊外の教会(a church at a suburb of Copenhagen)

宿泊したコペンハーゲン郊外にあるホテル近くに教会があり,ここのバス停からは2階建ての路線バスが発着していた.比較的新しそうな住宅街で,戸建て住宅は殆どがレンガ造りのようで,教会もまたレンガの簡素な現代建築である.まだ9月であったが,北に位置するためか住宅街の木々は紅葉し,リンゴがたわわに実っていた.

以上スカンジナビアの旅2001/デンマークのページから.

コペンハーゲンの教会

コペンハーゲンの教会(a church in Copenhagen)

コペンハーゲンの教会(a church in Copenhagen)

コペンハーゲンのアメリエンボー宮殿のすぐ脇にロマネスクバロック様式という教会があった.

以上スカンジナビアの旅2001/デンマークのページから.

ヴォス教会

ノルウェイ/ヴォス教会(Voss church)

ノルウェイ/ヴォス教会(Voss church)

ヴォスは西ノルウェーで最大のウインターリゾート地で,またこの辺は自然保護区に指定されているようで,なかなか美しい環境だ.写真のヴォス教会は1277年建立という古い石造りゴシック様式で,他の建物が2次大戦でドイツ軍にことごとく破壊された中でこの教会だけは破壊を免れたという.

以上スカンジナビアの旅2001/ノルウェイ(続)のページから.


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